第1章 三角形 case1
せめて顔くらいは洗いたい。
地面に手を付いてなんとか立ち上がる。
水飲み場の方にゆっくり歩いて端に腰掛けた。
蛇口を捻って水を出し、手の平で掬う。
顔に水をつけると目元が痛かった。
それだけで腫れているだろう事が分かる。
「小熊っ!」
走ってくる足音と自分を呼ぶ声。
誰だかは分かっているし、顔は見られたくないから下を向いていた。
顔についていた水滴が顎や鼻を伝って落ちていく。
それを眺めながら何を言おうか考えていると、目の前が真っ暗になった。
なんかちょっと、汗臭い。
少しすると顔を隠すようにジャージを頭から被せられたのが分かった。
「んだよ。泣く程嫌なら赤葦の傍にいろよ。」
ジャージ越しに頭を撫でられている。
違うと否定はしたくても、居場所のなさを考えるといくらからかわれても、京ちゃんの傍にいる方が良いのかもしれない。
「赤葦は多分…。」
「さくら!」
黒尾さんが何か言おうとしていた時、被るように別の声が聞こえた。
この声は、京ちゃんだ。
「黒尾さん。うちのが何か?」
近くまで駆け寄る足音と威圧感のある声が聞こえて、空気が重くなった気がした。