第2章 番う狼の話
月狼が眉を顰めて訝しむ。真っ直ぐその顔を見返して狼娘は口角を上げた。
「お前、密玉とはどういう仲だった」
「密玉と俺は従姉妹同士だ」
即返した月狼に、狼娘の笑みがスッと消えた。
「だから何だ?従姉妹だろうが兄妹だろうが、いや、男同士女同士であろうと睦み合う心に垣はない」
知香の嫋やかな姿が過った。控え目で清げな真の皇女。私は確かに知香を恋うていた。
「何が言いたい」
険しい顔で問い返す月狼をじっと見て、狼娘は胸を傷めた。
今度は密玉の姿が過る。力強く靭やかな砂漠の舞姫。初めて狼娘を組み伏した男の好ましい従姉妹。
この男に会うまで、知香がこの身のほとんどを占めていた。
もし月狼が同じ気持ちで密玉を想っていたら、私は悋気を抑え切れるだろうか。正直てんで自信がないぞ。だが、結果がどうなろうとも一度始めた話を半端で投げ出すつもりはない。
今一度挑むように笑った狼娘に、月狼が溜め息を吐いた。
「密玉と何かあったのか」
「密玉はどうでもいいのだ。今はお前と私の話をしている」
無造作に言い捨てて狼娘は寝台から下りた。
窓辺に寄り、飾り紐を揺らしながら窓を開ける。表の匂いが密やかに室に這い込んで来た。
何処かで誰かが箜篌を奏でている。優に嫋やかな音色が、細く、けれど鮮やかに嚠喨な調べを紡いで、砂漠の夜気を震わせる。
「……いい夜だな…」
白い砂の稜線の上に、冴え冴えした月がある。幾重も幾重も重なって黒色に似た藍のような天が、深く暗い。月の明るすぎる夜は星が隠れて、天を暗く思わせる。実際は明るいのだ。月明かりで。しかし狼娘は月夜の天を暗いと思う。見えないが確かに在るものを内包する闇は、妖しく暗い。
胸に秘め事を沈めた人の心のように。
月狼が、狼娘の傍らに立った。
「お前の隠し事とは何だ?」
飽くまで静かな問い方に狼娘はフと疑問を抱いた。
此奴は何故私に挑んだのだろう。
国を負う立場になりたいから?そうだ。それ以外に何がある。香国でのあの果し合いで、初めて顔を合わせた私たちだ。もし私ではない誰かが剣戟の国を負う身として香国に居たとしたら、月狼はその誰かを組み伏しただろう。