第2章 番う狼の話
密玉のことも、柄になく腹に収めようとして結局これだ。あの場ですぐにも密玉を追うか、彼女の室に出向くかしてとことん話せば良かった。不意を突かれて魂抜けたのもあるが、ありもしない殊勝気を出したのがそもそもの間違いだ。慣れない真似はしないに限る。それでなくとも今夜は調子が外れているというのに、馬鹿馬鹿しいことをした。
「兎に角だ。何がどうこう言う問題じゃない。知りたいと言ったら知りたいんだ」
ぶっきら棒に言ったらば、月狼は思いの外間を置いて来た。考え込む目色で窓表を眺め、顎を撫でながら逡巡する。
「どちらかひとつに答えよう」
いい加減肌寒くなって来た頃、やっと口を開く。
「ひとつ?」
「俺と密玉がどういう仲だったか、何故俺が香国まで出向いてお前に挑んだか」
「了見が狭いぞ。どっちにも答えたらいいじゃないか」
「どちらにも答えが欲しければお前も隠し事とやらを吐き出せ」
「元よりそのつもりだ」
「そしてそのことは忘れてしまえ」
「…忘れろ?」
予想外の言葉に狼娘は眉を顰めた。
知香を想う気持ちを忘れるというのは香国で過ごした日々を忘れるということだ。それほどまでに狼娘は知香を想い、想うことを支えに宮中で過ごして来た。
「…それは…無理だ。私の一部が失くなってしまう」
「それはお前に限らない。隠し事は誰にでもあるひとりひとりの大事な一部分だ。そこを探ろうというのならば相応の犠牲を払うべきだ」
密玉のことは兎も角、王に成ろうとした理由も隠し事なのか。
また腹が立ってきた。
「隠し事のある妻夫等連れ添う意味がない」
ふんと顎を上げて言った狼娘に月狼が顔を顰める。
「隠し事のひとつも推重しあえぬ妻夫等面白味がない」
狼娘の眉が跳ね上がった。
「面白味!?そんなものまで要るのか、妻夫には!?」
月狼の口角がますます下がる。
「俺はお前と連れ添うのは、隠し事を別にしても随分面白味があることと思っていたが、お前は違うのか?」
月狼の低い鼻を狼娘がぎゅっと捻った。
「面白味?ちょっと待て。よくわからなくなって来た。お前、私を煙に巻くつもりだな?」
狼娘の手を退けて、月狼は呆れ顔をする。
「お前を煙に巻いて何になる」
呆れ顔の連れ合いを繁々と見詰め、狼娘は首を傾げた。
「それがわからないから聞いている。隠し事に面白味?何だ?それは」