第2章 番う狼の話
少し妙な気がしたがそれはいい。王位に就く兄弟姉妹は、そうした相手と添うことが多い。むしろ相手を見知り、親しんでの縁定の方が珍しいのだ。
引っ掛かったのは、月狼が権勢欲に駆られて女に言い寄るような男だろうかという点だ。
月狼は小隊を率いて現場を治めるのが肌に合っているように思う。王として足りないところがあるというのではない。そうしたあり方の方が好きだろうと思うのだ。
もし密玉と理無い仲であったのならば尚更わからない。私に挑んで、そして勝つということは、則ち王に成るのと同時に私の連れ合いになるということ。
些かも動じることなく静かな様子で問いを投げる月狼に疑問が膨れる。
私に隠し事があってもそれは此奴にとって大したことではない。王にさえ成れれば、連れ合いは誰でも良かったとすれば。
何故王に成りたかった?そう言えば聞いたことがなかったな。
狼娘は月明かりに目を碧く煌めかせて月狼を睨み付けた。
無性に腹が立ってきた。
此奴はどうして私に挑んだのだろう。
「月狼。お前、どうして私に挑んだ」
そのまま、口に出た。いつものことだ。意識しなければ大概の言葉は口からそのまま出てしまう。それに今が今、そういう気遣いをする気は失せていた。
「私に勝つ気で香国に出向いたのだろう?」
「結果がどう出ようと負ける気で出向くような真似はしない」
月狼が不思議そうに答える。勝とうが負けようが本気であったということだ。
「何故だ?」
「何がだ」
「何故私に挑んだ」
「それを聞いてどうする」
「元々一度知りたいと思ったことは極力知っておきたいのが私だ。言いたいことや聞きたいことを後生悪く溜め込んで腹を膨らませては後々ややこしい禍根になりかねん。何より苛ついて仕方ないだろう。私の気性で苛ついては周りに迷惑をかけよう」
「成る程。それは賢明だな」
月狼は太い腕を組んで口角を下げた。
「確かにお前が苛立っていては周りが迷惑する。殊に俺が迷惑だ」
「一番当たられるからな」
「そうだ」
「仕方ないだろう。それが連れ合いというものだ…と、思うがどうだろう…」
わからなくなって来た。何の疑いもなく懐いて来たが、やや雲行きが怪しくなった。
もし密玉を一番に思う月狼ならば、そんな相手に気を許すのは真っ平だし、かと言って恋しいと思う心の内を引っくり返すことも出来ない。