第2章 番う狼の話
「くどい。どうもしていないと言ってるだろうが」
低い鼻を抓んで顔を顰めたら、太い腕に抱き寄せられた。
「隠し事は諍いの元になる」
その通りだ。だが、何でも言えばいいものでもない。私は蜜玉が好きだ。彼女と親しみたいし、不必要に揉めたくもない。だから今日の事は月狼に話す気はなかった。これは私と蜜玉の問題だ。月狼は関わりがあってないようなもの。解決するのは私と蜜玉、誰かを介入させるつもりはない。
「そう言うお前は私に隠し事はないか」
真っ直ぐ答える代わりに、聞く。こんな風にはぐらかすのは性に合わないが、どうも今日の私は調子外れだ。いつもより月狼が愛しいし、何故か知らん心細い。月の満ちた夜のせいだろうか。
満月の夜は人を惑わす。
女の印が下帯を汚して間もなくの頃、沈梅が新月の夜に語った話が思い出された。学士の国では満月の夜に目交う事を嫌う。だからむしろ新月の夜に、月に隠れて身籠りたがる者が多いのだそうだ。あの国では冷えた頭で目交って、冷えた頭の子供を産むらしい。
詰まらなくはないだろうか。
窓辺に吊るした飾り紐についた橄欖石が、月明かりを受けて艶やかに光っている。
窓は開けられない。土埃が寝室に入るのを月狼が好まないから。土埃に当てられて身籠っては腹の子が痛がるだろうと、月狼はそう言う。
そんな月狼が、私は好きだ。
「…隠し事はない」
随分と時をかけて月狼がぽつりと答えた。
隠し事はない?
嘘をつけ。
すぐ分かった。
多分この聡い連れ合いは、私と同じ事を考えている。
隠し事はないが、言わずにおいた方がいい事は呑み込んでおこうとそう思っている。
そう理解した途端、吹っ切れた。
「成る程な」
自慢の赤毛をがしがしと掻いて、私は笑った。
「わかった。私は隠し事をしている。そしてお前も私に隠し事がある」
されてみれば分かる。これは隠し事だ。自分がする分には分別と思い込むが、実際はそうではない。
危険な考え方だ。殊国政に携わる者ならば尚更。