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香国 ー駆ける兎の話ー

第1章 駆ける兎の話



私たち皇女は、皆母が違う。

時期香国主は年頃を迎えた頃合いに香国を取り巻く数多ある小国から気に入った女を娶り、子を成す。子は国を統治するに相応しくなるまで香国に留め置かれ、各々の国の仕来りに則った教えを受ける。国に戻って香国への忠誠を元に治世を敷くまで、つまり婚姻を果たし国主として立つまで、天子の落胤たる子らは香国で過ごすのを余儀なくされている。成婚まで己の半身である母の国を見知る事がない。

姉妹の暮らす奥宮に対する前宮には、同様の処遇で暮らす兄弟が居る。同じく学び、婚姻を機に国へ帰る。香国に居て祖国では学べない事を学び、祖国へ帰って香国では身に付かない経験を学ぶ。
民を統べるが民に学び、民の知らぬ事を知るが、民に頼るところも多い身近な統治者。香国からい出て香国を愛する、異国の王族。
異母の姉妹兄弟はいても、同母の同胞はいない。内乱を避ける為だ。
香国は賢しい。
内乱は近隣の国を巻き込み、やがては母胎である香国すら呑み込む大事に成り兼ねない。だから跡目を継ぐ者は一子。
そして必ず、香国を半身に背負った者。
香国以外に皇室はない。どの国も一代限りの王族だ。王は常に天子からい出て、束の間の統治を果たして民草に戻る。二代目など有り得ないのだ。

そして農耕を司る国、土には、今まで王たる統治者は居なかった。

初めての事は全部怖い。誰にも言わないけれど怖い。
下帯が血に染まったときも、息の根が止まるかと思うくらい怖かった。
慰めてくれたのは知香だ。
様子の違う私にいち早く気付いて寄り添ってくれた。皆に知られぬよう湯浴みの支度をし、花の匂うお茶と甘い菓子を手ずから給仕して、柔い肩掛けを纏わせてくれた。

流石は香国の皇女だ。

知香なんか嫌い。

「兎速」

ぱっとしない容姿も本当は綺麗なのを知ってる。派手じゃないだけだ。全てが均衡を保って知香という恵まれた女を嫋やかに容ちどっている。

「兎速」

知香の事を思うと温かくなる。思い過ぎると苛々する。突き詰めたらやがて心持ちがじわじわとすすけて、往生してしまう。

これは妬みだ。

私はトゥクァィ。土の生まれ。
知香とは違う。これからもずっと香国で生きていく知香は、同じ姉妹でもいずれ見も知らぬ故国へ帰らねばならない私たちとは違うのだ。
まして私なんかとは、全然違う。

「聞いていますか、兎速」
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