第2章 番う狼の話
「狼娘様」
静かだが腹の座った蜜玉の声が私の名を呼ぶと背筋が伸びる。
姉妹という姉妹に囲まれていながら憧れて止まなかった姉らしい姉、それに蜜玉がぴたりと当て嵌まっているからだろうか。
女らしく、けれどなよなよした風もなく、窘められても耳を傾ける気になれる強さがある。
「…また東から便りがありましたが、学士の沈梅様はご健勝にあらせられますか?」
「ああ、相変わらずだよ。アイツはぼんやりだが馬鹿じゃないからな。国はよく治めてる」
夫婦仲は知らんが。
沈梅の連れ合いは香国で地学と算術の師を勤めていた雷脚(ライジャオ)という草臥れた優男だ。公平に見ればそれなりに腹の座ったなかなかの男かも知れないが、私は個人的にコイツが嫌いだ。何せ雷脚は私の知香と恋仲にあったのだから、虫の好く訳がない。
この雷脚、傍目にも性の合いそうにない沈梅と添って学士の国へ帰ったのだが、案の定ふたりの中は捗々しくないようだ。
寝起きも三度の飯も別、互いが今何処で何をしているのか、同じ宮中に居てわからないという始末らしい。
それで不都合がある訳でなし、口出し無用に願います。臣下の者が私たちの居所を把握していれば、何の問題もないのですから。
新婚のふたりをからかう便りに沈梅が寄越した返信を読んだときには、思わず馬鹿かと声が出た。だからお前は学士連の年寄り連中に人間を磨けと言われるのだ。連れ合いというのは、傍らで助け助けられ、支え支えられが基本だ。例え仲が悪くとも傍に居て共に過ごす事が肝要で、そうするうちに互いの間にしかない府庁が出来、絆が生まれて行く。甘かろうが辛かろうが、夫婦には必ず絆があるものだろう。
私も月狼と添って間もないが、それくらいは心得ている。なのに賢い筈のあのふたりは、揃いも揃って何を馬鹿な真似をしているのか。勉学の賢さと生きる上での賢さは全く別物とはよく言ったものだ。あのふたり、どうやら思っていた以上に生き下手で間抜けらしい。
大体一緒に過ごす時がないという事は、喧嘩すら出来ないじゃないか。信じられん。