第2章 番う狼の話
不穏急を告げた沈梅の便りには、陶器の国の貴白の名があった。白い肌に澄んだ声、美しくはあるが冷たい風情の気位の高い姉妹だ。
腹の見えない曲者でもある。
その貴白が外つ国と独自に繋ぎを取り、頻々と便りをやり取りしているという。
彼女は未だ香国にいて縁定を待ちながら奥宮に暮らしている。元からきな臭い姉妹ではあったが、利権を手にする前から動き出すとは思わなかった。陶器の現王は職人肌の穏健派で、高齢ではあるが自ら現場に立って作業する頑健な男と聞く。即位の際贈られて来た朴訥な祝いの言葉と手ずから拵えたという器を見れば、確かに実のある好人物であるように思う。
貴白は特権意識の強い鼻持ちならない姉で、何かしら思惑があるのも明らかだ。
しかし、野心家ではない。
それが何故、香国や現王を差し置いて外つ国と交わろうとする?
陶器には現王に対立する分派でもあるのだろうか。それが貴白を担ぎ上げているのか。
しかしそんなものに乗る貴白だろうか。いけ好かない気取り屋だが、貴白は決して愚かではない。
「狼娘様」
呼ばれて物思いから覚めた。気付くと側仕えの蜜玉(ミィーユウ)が、編んで結い上げた赤い髪を揺らして執務室の窓を閉めている。
「埃が舞い込みます。またくしゃみで涙が止まらなくなりますよ」
小柄で締まった体をした蜜玉は、私の七つ上の義従兄妹、つまり月狼の従兄妹だ。
指折りの闘舞の舞手で、私に剣戟の仕来りを教えてくれる言わば教育係といった役どころにある。
甘い名前とは裏腹に腹の座った女で、私同様青い目赤い髪。だからか知れないが、蜜玉と居ると香国の姉妹より姉妹らしい気分になる。
「風が通らないと居辛くてな」
香国に居たときからそうだ。冬も吹雪でもしない限り、私の室の窓は開いていた。表の空気を遮ると、息苦しくなるのだ。
閉められた窓を恨みがましく眺めながら、私は姉に甘えるような心持ちでいる。
対する蜜玉は室の口まで退いて目を伏せた。何時もの立ち位置、何時もの控え方、毎度ながらもの寂しく思う。もう少し近しく接し合えたらいいのだが。何しろ義理とは言え正真、蜜玉は私の従兄妹なのだから。
当然の事だが、互いの親族との付き合いは私と月狼が王位を降りても続く。先の長い付き合いになる訳だ。
何時次王が立つかわからないが、後を継ぐ剣戟の子が香国にいない今、私たちの統治に区切りは見えない。