第2章 番う狼の話
実際今日も褥に入ったら、私は月狼と貴白と沈梅の話をするだろう。月狼は多分最近力を入れて育てている国境を見廻る兵馬たちの話をする。
月狼とは意見が違う事も多いから他愛ない話がすぐ喧嘩になる。月狼は私が一方的に噛み付いてくるだけだと言うが、どう考えても私たちの言い合いは犬も食わない夫婦喧嘩というやつだ。それでも私たちは睦まじい。互いに好きあっているから。
「沈梅様へのお返事はすぐにしたためられますか」
蜜玉に言われて私は顎を撫でた。
「…いや、明日にしておこう」
内容が内容だけに、月狼と話し合ってからの方が良さそうだ。私はすぐ頭に血がのぼって直情的になる節があるらしいから、冷静な月狼と話すのは良い空気抜きになる。
「承知致しました」
蜜玉は一礼して室の口に退がった。
それを眺めて私は溜め息を吐く。
月狼も私と添わなければ、きっとこんな風に私と接していただろう。彼らの一族はどうも万事垣が高い。打ち解けようとしてくれないのだ。その中でも特に蜜玉はよそよそしい。
「蜜玉」
思い余って声をかける。蜜玉は目を伏せて、軽く腰を落とした。これは目上の者に声をかけられたときの、傾聴致しますという合図なのだという。だがそんな回りくどい仕草は煩わしいだけだから止めて貰いたい。
「互いに身内なのだから、もう少し砕けた付き合いは出来ないものか。堅苦し過ぎるぞ」
「身内故馴れ合わぬ事が肝要と心得ております。ですから仰せの様には出来かねます。私がお気に召さないのであれば他の者をお付け致しましょう」
そうではなくて。
気に召しているから親しくしたいと言っているのに。
たまさか、蜜玉に好かれてはいないなと感じるときがある。例えば…
「月狼に言えばすぐにも代わりの者を手配出来ましょう。彼は顔が広いですから」
こういうとき。
私は狼娘様で、月狼は月狼なのだ。身内だから馴れ合わないという話と矛盾がある。意図してか無意識か、何れにせよ寂しい事だ。