第1章 駆ける兎の話
謁見から祝い事、忌事、大事な事をするのは広間と決まっている。螺鈿と香木、美しく高直な陶器や緻密で目にも彩な織物、四季の樹花で飾られた広間は催しがあろうとなかろうと、常時香が焚き染められて質の良い伽羅が匂い立っている。
その広間の横にある控えの間で、私はつくねんと座っていた。
広間から集まり始めた姉妹兄弟の声が聞こえて来る。
こんな風に姉妹と兄弟が顔を合わせるのは、一年を通して数える程しかない。
春節、中秋節、師節、臘八節。
春節は一年の初めを祝って盛大に花火が上がり、爆竹が鳴らされる。ご馳走が並んで華やかで賑やかなこの春節は、皆が一番楽しみにしている飛び切りの祭事だ。
中秋節は、月見をしながら皆で家鴨の玉子の入ったお菓子を食べる。
師節は、教導下さる先生方を交えての静かな集まりだから、ちょっと堅苦しい。姉妹も兄弟も余所行きの顔をしているのが何となく可笑しい日。
臘八節は神様のお産まれを祝って、米、雑穀、豆類に栗、棗、蓮の実と果物なんかが入った甘い臘八粥を啜る。この神様はお父様のお血筋とはまた別の古い古い神様で、香国では信仰されてはいないけれど、神の立場を同じくする香国主から敬意を払って祝いを捧げているのだという。
後は、姉妹、兄弟の内香国で祝いを上げて帰る者が縁定したときやお葬儀があれば、前宮と奥宮の垣が無くなる。
今も、広間から聞こえて来る皆の声は楽しそうだ。
ああ。
小さな溜め息が出る。
こんなところでひとりで座ってるんじゃなく、広間で皆と一緒にどんな祝い事が催されるのか楽しみにしているのならどんなに良かったろう。
後二三年くらいしてから縁定するのでもよくない?その頃には私も賢くて優しくて気配りがきいて声が綺麗で淑やかな女人になっているかも知れないし。
「でももしかしたらその逆かも。そうしたらどうする?」
そのときはそのときだわ。どの道私が縁付くのは決まった事なんだから、相手の人には諦めて貰わなくちゃ。
「勝手だなぁ」
勝手なのは私じゃないわ。勝手に縁定を取り纏めた周りの大人よ。
「でも君はそうしなければならないんだよね」
そうね。私の相手の人がそうしなければいけないようにね。
「君の相手は断りを入れて来るかも知れない」
そんなの駄目よ。そういう決まりなの。
「それは香国の決まりであって、土の決まりじゃない」