第1章 駆ける兎の話
右と左から、遊華と涼快に抱き囲まれた。
「墓所まで持って行くのよ?」
言いながら紫珠が通り過ぎて行く。
「行ってらっしゃい。兎速。また会いましょうね」
知香が笑っている。
私は皆の全部に大きく頷いた。本当の気持ちを込めて頷いた。
「探したんですよ。室にいらっしゃらないから、本当にどうしようかと…」
妹猫が私をせっつきながら、涙目で訴える。
「女官長様にも兎速様をおひとりにしてとお叱りを頂いて…」
「ごめんなさい」
花嫁がひとりでふらふらしちゃいけなかったらしい。沈梅が珍しがる訳だ。
「おお、見付かったか」
向こうから腰に礼剣を下げた狼娘がガチャガチャと駆け寄って来た。
深紅の円套に、膝丈で袖幅のない孔雀青の袍、脚にぴったりした黒茶の脚衣とよく鞣されて黒光りする革の沓を身に着けた狼娘は、綺麗だけど男だか女だかわからない。赤い髪に隠れた赤銅の細い額当てが冠代わりなのだろうか。中心に光る紅い石が、狼娘の髪より尚赤い。
「狼娘、綺麗」
「呑気な事を。早く来い。婿がねは既に父上に挨拶を済ませてお前を待っているんだぞ」
「え、じゃあ私もお父様とお母様にご挨拶を…」
「それには及ばん。お二人はお前が国に帰ってから、改めて礼を取りに来るようにとお望みだ。祝宴もご遠慮なさる。兄弟姉妹が祝いの席で待ちぼうけを喰らわぬようにくれぐれも気を付けろとの仰せ…おい、泣いてたのか?何だ、その顔は。また貴白か紫珠にやり込められたのか?」
「何でも私と紫珠のせいにするのはお止めなさいな。単純な事。情けない」
綺麗な声がして、背筋が伸びた。
回廊の暗がりに何処までも白に近い薄青い衣裳を纏って髪を高く結い上げた貴白が佇んでいた。
「…何だ、貴白。相変わらず陽射しが怖くて仕方ないのか?暗い所ばかり好んでいるとその内自慢の肌に黴が生えるぞ」
狼娘が顔を顰めて貴白の青白い姿を見遣った。
「さっさと広間へ行けよ。祝宴が始まる」
「女になっても野蛮な事」
貴白の言葉に狼娘の口の端が大きく弧を描いて上がる。
「お前もなってみればわかろうがな。そんな事くらいじゃ人は大して変わりはしない。肝に銘じておくんだな。心馳せは心掛けなきゃ変わらん」
「ふ」
息を吐くような笑いを洩らして、貴白が暗がりからついと前に出た。
「兎速」
名を呼ばれて、息が詰まる。