第1章 駆ける兎の話
「紫珠が土に来たら、いっぱいご馳走するから。一回も分けてあげた事ないけど、土の饅頭は本当に美味しいの。びっくりするくらい美味しいの。宮の饅頭で喜んでる紫珠が気の毒だなって思うくらい美味しいの」
「…ちょっと。厭な事言い出したわね」
「うん。ごめん。紫珠と貴白は意地悪だと思ってたから、絶対あげたくなかったの」
「正直なのはいいけれど、そういう正直は黙って国まで持って帰りなさいよ…」
「うん。ごめんなさい。紫珠。ありがとう。大事にするね、天河石」
「当たり前でしょう。墓所まで持って行きなさいよね」
「うん、墓所まで持って行…く?…紫珠…。狼娘と沈梅にもそう言ったの?」
「言ったわよ。勿論。笑われたけど。本当に腹が立つわ、あの二人」
「…そう。うん。あの、私はちゃんと墓所まで持って行くからね。安心して?」
狼娘と沈梅だって、絶対そうすると思う。きっと紫珠が可愛くて笑ったんだよ、あの二人は。
「そうして頂戴」
つけつけと言って紫珠は私に背を向けた。
「知香、髪を結ってくれないかしら?女官に任せると痛くてかなわないのよ」
はらはらとこっちを見ていた知香に居丈高に話しかける。
「それはあなたが日頃髪を構わないでいるからでしょ。知香を女官扱いするの止めなさいよ」
遊華が呆れ顔をする。
「女官扱いなんかしてないわよねぇ。知香は手先が優しくて器用だから女官に髪を結われるより綺麗に出来るし気分もいいもの。ねえ、知香。私の髪もお願い出来る?」
涼快まで知香におっとりと頼み込んだから、遊華はいよいよ呆れて駒を盤に投げ出した。椅子から腰を上げて紫珠と涼快を見比べる。
「髪くらい自分でお結いなさいよ。だらしないわねえ、あなたたち」
当の知香は何だか嬉しそうに笑っている。知香ったら、人が好いにも程がある。
「兎速」
遊華が顎をしゃくった。
「早く行きなさいよ。時間なんじゃない?」
見れば綺麗な沓を両手に捧げて半ベソの妹猫が室の口でオロオロしている。
「私たちも支度しなくちゃね」
涼快も立ち上がって、遊華が私を見た。
「土に行ったら砂地用の肥料を作ってみてよ。上手くいったらうちで買いあげるから。せいぜい頑張ってよね」
「いい縁に恵まれて、良い治世を施せますように。美味しいものを送ってくれたら、お礼に何でも送るわよ。ね、涼快を忘れないでね」