第1章 駆ける兎の話
何だか可笑しい事を言ってる。紫珠って、意地悪なだけじゃなく面白いみたい。
「…もう!」
焦れた紫珠にぐいと手を引っ張られた。
紫珠は帯に団扇を挿し込んで、懐から出した白い小さな袋を私の掌にぎゅっと押し込んだ。
白い袋は絹地で、藍色の組紐で口を絞られている。ちらと紫珠を見たら、鼻の頭に皺を寄せて、開けなさいよとばかりに睨まれた。
「…あ…」
口を開けた袋を逆さまに振ると、中から親指の爪程の丸い石が転げ出た。
明るい深緑色の、透度の低い翡翠のような…。そう、私がいつも身に着けてる兎の翡翠が、もっと深みを持ったみたいなとろんとした優しい色合いの石だ。
「綺麗…。素敵な翡翠ね、紫珠…」
「ひ·す·い、じゃないのよ!それは天河石!翡翠よりずっと珍しい石なの!」
「そうなの?」
「ものが分からないからあげがいがないのよね。全く皆宝珠を何だと思ってるのかしら」
ぶつぶつ言ってバタバタと団扇を扇いだ紫珠に、私はきょとんとした。
「皆?皆にあげてるの?」
紫珠は何よ、と、凄んでから、しまった、という顔をした。
「え、縁定した姉妹にだけよ。先々国同士の付き合いだってあるかも知れないでしょう?だから…」
急に耳まで赤くなりながら、紫珠が言い訳がましく言い立てる。鳥の羽根が団扇から引っこ抜けて飛び散りそうな勢いでブンブン動く。
「…狼娘には?」
「天藍石をあげたわよ。文句でもある?あんな瞳じゃ天藍石しかないでしょ。何だか大声で笑われて髪ぐしゃぐしゃにされたけど!」
…狼娘らしい…。
「まさか沈梅にも?」
「まさかって何?失礼ね!あげたわよ。煙水晶を。凄く変な顔されたけど!」
…変な顔…。沈梅ったら…。
「それでも二人ともお礼くらいは言ったわよ?あなたは?」
胸を反らしてフンと鼻を鳴らした紫珠が可愛らしく見えた。
もっと話しておけば良かった。
沈梅の気持ちがまたよく分かった。
天河石を指先で撫でて、そっと袋に戻す。それを大事に懐深く仕舞い込み、私は紫珠の手を捕まえて両手で握り締めた。
「紫珠はお芋の餡の入った饅頭が好きだったわね?」
「な…何の話?」
たじろいで手を引っ込めようとした紫珠を引き寄せて、薄い紫の瞳を覗き込む。