第1章 駆ける兎の話
知香はこういうところ、変えた方がいいと思う。言わないけど。
だって自分で気付いた方がずっといいと思うから。
「こっちにいらっしゃいよ、知香。私、また遊華に負けそうなのよねえ。策を授けてくれない?あなたと狼娘は六博が強かったでしょう」
涼快が知香を手招きして、遊華がツンと顎を上げる。
「いいわよ。勝ってばかりじゃ詰まらないもの。でもここから流れを変えられる訳?見物だわね」
私と紫珠を気にしながら、知香は長椅子に腰掛けて局を覗き込んだ。
それを見届けた紫珠が、鳥の羽根を立てた陰で顔を寄せて来た。
「手をお出しなさいよ」
ヒソヒソと口早に言って、眉根を寄せる。
「何で。引っ叩く気?」
「引っ叩くなんて言うの止めなさいよ。口が悪いわね」
「悪かったわね。どうせ私は…」
「自分の事どうせなんて言わないでよ、聞き苦しい」
「じゃ黙るわよ。文句を言いに来たのなら、もうあっちに行ってよ」
「わざわざ文句なんか言いに来るもんですか。馬鹿ね」
「ば…馬鹿?あなたにそんな事言われたくないわよ。口が悪いのはそっちじゃないの」
「私の口が悪いのは私が一番よく知ってるんだからいいのよ。いいから手を出しなさいってば!」
「厭」
「厭じゃないでしょ、はい、わかりましたでしょ?本当生意気なんだから」
「私が生意気なのは私が一番よく知ってるんだからいいの。放っておいてよ、もう」
「馬鹿!いいから手を出しなさいよ!」
「厭!私の手に何する気なのよ!」
「あなたの手に何かしてどうなるっての!?引っ叩いたら宝珠でも出て来る訳!?試してやるからホラ、出しなさいよ、手を!」
「そんな事言われて出す程馬鹿じゃないわよ、私」
「そんな事やる程馬鹿じゃないのよ、私だって!」
「ちょっと!うるさいわよ、アンタたち!」
盤を睨み付けていた遊華に声を上げて諌められた。
知香が心配そうにこっちを見ている。
紫珠は咳払いして、鳥の羽根で口を覆った。名前の通りの、紫色の珠みたいな目がじろりと私を見る。
「あなたにお祝いを渡したいの!」
押し殺したヒソヒソ声で忌々しげに言うから呆れてしまう。そんなに厭なら祝わなくていいのに。
「無理しないで、紫珠。気持ちだけで十分だから」
「生意気に一人前の口きかないで頂戴。…私の祝いの品を見たら、絶対欲しくて堪らなくなるんだから」