第1章 駆ける兎の話
気取り屋なのに隙だらけ、変な紫珠。
濡れた髪を珍しく綺麗に櫛った紫珠が私と知香に気が付いた。
隣にいた遊華を肘で突いて、身を預けていた長椅子から身を起こす。遊華が盤越しに涼快の腕に触れて私たちの方へ顎をしゃくった。
「あら、兎速。今日はおめでとう」
涼快が一番に声を掛けて来た。
「まあ、素敵な額隠しね。衣裳もとっても可愛らしい。若苗色がよく似合うわ。兎速らしくて」
「冠じゃないのね」
気の抜けたように言った紫珠を遊華が横目で見る。
「いいじゃない。私も素敵だと思うわよ、その額隠し。私の国だって冠は冠でも花冠、紫珠のところみたいな宝珠だらけで首がもげそうに重い冠なんか戴かないの」
「馬鹿言わないで。首なんかもげなくてよ。…確かに重たいだろうとは思うけど」
じろじろと私の装いを見回して、紫珠が立ち上がった。
「花冠って素敵ねえ。あら、でも冬に縁定したらどうするの?花がないんじゃない?」
「花用の温かい室があるのよ。宮でも冬に花が切れたりしないでしょう?樹花の国は一年中花を欠かす事がないの」
「凄いのね。でも冬の花は高いんじゃない?」
「それは仕方ないわよ。手間もお金もかけて育ててるんだから」
「そう。ならあまり儲かる訳じゃないのね。それなのに冬に花を育てるなんて大変そう」
「多分ね。私はまだやった事がないからわからないけど」
涼快と遊華の聞き慣れた二人らしいやり取りを背に、紫珠が私に近付いて来る。また何か厭な事を言う気なのかな。紫珠ならありそう。多分同じ事を思ったらしい知香が前に出ようとしたのを止め、私は顔を上げて真っ直ぐ紫珠を見た。
「…おめでとう、兎速」
鼻の頭に皺を寄せて、紫珠が言い辛そうに言った。チラリと知香に目を走らせて、鳥の羽根で口元を隠す。
「外してくれない?兎速と話したいの」
知香が心配そうに私と紫珠を見比べた。
知ってる。
知香は私が可愛いけど、紫珠も可愛いの。私たちが酷い事を言うのも言われるのも、厭だと思ってる。可愛い妹二人が、傷付けるのも傷付けられるのも止めなきゃいけないと思ってる。
でもいいんだよ、知香。だってこれが私と紫珠の仲なんだし、私と紫珠は姉妹なんだもの。避けられないし、避けたくない。それに私はそんなに紫珠が嫌いじゃないかも知れない。もしかしたら貴白だって。