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香国 ー駆ける兎の話ー

第1章 駆ける兎の話



だから私は知香に当たっていたんだ。

土を馬鹿にする姉妹に腹を立てながら、私も土を卑下していた。土の血を引いた事を恥ずかしく思う気持ちが私の中に確かにあった。
穢れた土の子だという恥ずかしさや影に日向に馬鹿にされる事への憤り、姉妹を見返してやりたいと思う澱んだ欲、嫋やかで如何にも香国の皇女らしい知香への認めたくない憧れと目を反らして来た妬み。

土は嫌いじゃない。でもその思いと同じくらい、私の中に蟠った黒い気持ちも本当のもの。

「でも私は知香が好き」

土を好きなのと同じ様に。

「ちゃんと好きよ」

素直に真っ直ぐに見ればすぐに気付けた筈。
ずっと目の前にあったのに見ようとして来なかった、強がりや虚勢、見栄や諦めなんかじゃない、ただ好きな気持ち。

やっぱり私は私のまま土へ行こう。知らないままわからないままで、足りないところを土でいっぱい学んでいこう。太鼓を鳴らして迎えに来た、まだ顔も知らない誰かと一緒に。

知香にぎゅっと抱きついて、私は深く息を吸い込んだ。百合の薫りに園庭の土と蓮池の水の匂いが混じっている。いつもよりずっと良い匂い。
抱き返してくれた知香の柔らかな衣裳に頬を寄せて息を吐く。
何だか凄く良い気持ちになった。重たい衣裳と沓を脱ぎ捨てて、寝台に伸び伸び体を横たえたときみたいな気持ち良さ。

忘れていた太鼓の音が耳に戻って来た。でももう手先は冷たくならなかった。





誰も居ないと思うけれどもと言いながら、知香は一緒に昼の間に行ってくれた。私の為に皆正装するのだという。
けれど昼の間では遊華と涼快が六博に興じていた。
傍らで紫珠が鳥の羽根が美々しい団扇を使いながら、つまらなさそうに局の成り行きを眺めている。
三人とも湯浴みを終えたばかりらしい紅い頬をしていた。これから身繕いするつもりなのだろう。

姉妹の内でも比較的砕けた気質の遊華と涼快は兎も角、紫珠も意外に身繕いに時をかけない。
着飾るのは好きでもずぼらで面倒臭がりなものだから、長く拘束されてあれこれされるのを好まないのだ。そのせいで綺麗な衣裳を纏って綺羅綺羅した宝珠を身に着けても、紫珠はいつもどこかキリッとしない。櫛るのを厭うから髪もボサッとしている。多分湯浴みも嫌いなんじゃないかと思う。狼娘に手入れの悪い気取り屋と呼ばれるだけある。いつも白々と清潔そうで、全然隙のない貴白とは大違いだ。
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