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香国 ー駆ける兎の話ー

第1章 駆ける兎の話



香国は文武に優れた選民の国だ。

烏羽の様な黒髪と漆黒の瞳、滑らかな象牙色の肌身の見目麗しい人民の多い事から薫国とも呼ばわれる。丈高く誇り高い香国民は、神の民として近隣の数多ある小国を悉く掌握し、穏健に君臨していた。

花咲き乱れ果木の丈生す香国は桃源郷の態を呈して四季を織り成し、しかしその恵みを神の民香国民は自ら穫さない。

何故と言ってそれは、神たる民に相応しくない賤しい行いだから。





「また難しい顔をして、どうしたの、兎速」

このところ、知香(ヂィーシィァン)が煩い。十四人居る姉のニ番目、香国皇女の母を持つくせに器量もぱっとせず気が優しいだけのこの知香が、私は嫌いだ。数居る姉妹兄弟の中でも段違いに生まれの良い母を持ち、強い後ろ盾に守られながら、のほほんとしている幸せな姉。嫌いなのに、一緒に居易いのは知香の徳だ。苛々する。

「このところ食事時に決まって浮かぬ顔をするよな。鬱陶しくてかなわん。飯が不味くなる」

顔を顰めるのは八番目の姉、狼娘(ランニャン)だ。色黒で艶やかな赤茶色の髪を具えた狼娘は、スッと通った美しい鼻筋に天藍石の瞳の丈高い麗人。私の次に母の位が低くて立場も良くないのに、本人はそんな事を一向に気にしていないのが腹立たしい。私でさえそう感じるのだから、知香を除いた他の姉妹にどう思われているのかは言わずもがな。
あまり言いたくはないけれど、私はこの狼娘にちょっとだけ憧れてる。
粗暴であけすけだけど、物凄く綺麗だから。

十四人も居る姉妹の中で私と仲が良いのはこの二人。位高い知香は人の良さゆえ皆に陰で嘲笑われているし、狼娘は雑で率直な物言いに位の低さが疎まれ、未子で生意気な私はお母様が下賤な土の国の出のせいで何となしに蔑まれている。何だかんだで皆姉妹なのだから、居辛い程じゃないけれど、面白い事じゃない。
お母様は土の国の出だが、賢くて優しい。
私は姉妹に馬鹿にされてもあまり気にしない事にしてる。だって、あの人たちは妬みを蔑みに置き換えて我が身を慰めているだけなのだもの。有り得ない婚姻と誰が罵ろうとも、賢しい母を香国主の父が愛しんだ事実に変わりはない。その結果産まれた私をいくら疎んじても、その事実ばかりは誰にも盗み出せないのだ。

「口に入る物には尊い働きが宿っているのよ?感謝して平らかに頂かなければならないわ」
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