第1章 駆ける兎の話
ここで二つ目の桂心を食べ終わった涼快が、ふくよかな頬を笑み緩めて貴白と沈梅の間に割って入った。
貴白がきっと斬りつけるような目で睨みつけても、涼快のおっとりした笑顔は曇らない。
「怖い顔しちゃ厭よ、貴白」
言いながら、怖がるどころか柔らかそうな白い手で、優雅に棗の乾果を摘み上げて嬉しそうにぱくりと頬張って見せる。
「喧嘩なんか止めましょう。折角のお菓子が不味くなっちゃう。今日は七姐誕なんだもの、皆で仲良く楽しみましょうよ。ね。兎速?ごめんなさいね。許してくれる?」
涼快は商人の国の血を持つ娘らしく人に謝る事を厭わず物腰が柔らかい。仲良しの気が強い遊華と好一対だ。とは言え、ここは涼快の謝るところではない。沈梅も不思議そうに涼快を見ている。無理もない。しかしそれでも仲介に入ってくれたのは確かなのだから、無下にするのも悪い気がする。だから、貴白と紫珠、涼快を見比べてぎこちなく頷いた。
私だって香国で迎える最後の七姐誕で揉めたくない。それに今は意地悪して来た姉妹より、沈梅が気になる。沈梅があんな風に考えているなんて、思った事もなかった。
沈梅が、雷脚師に重なる。何となく思っていたけれど、やっぱり二人は似ているところがある。話し方、考え方、雰囲気さえも何処かしら。
「そうですね。確かに今日は七姐誕。無粋な真似をして申し訳ありませんでした」
頷いた私を見た沈梅は、あっさり謝って卓の水茘枝をひょいと取り上げ、杯片手に四阿へ行ってしまった。
こういうところはやっぱり沈梅だ。残された私の気まずさなんかてんで頓着しない。
後を追って四阿に行こうかと迷いながら腰を浮かしかけたら、涼快が菓子をたっぷり取り分けた皿を回してよこした。
「座ってゆっくりお食べなさいな、痩せっぽちの兎速。あなたはもっと食べて太らなきゃ駄目よ」
「あなたに比べたら誰だって痩せっぽちよ」
遊華が呆れて涼快の皿から揚げ菓子を取り上げ、涼快は楽しそうにそれを奪い返す。
涼快は不思議な姉妹だ。
決して位は低くないし絶対に豊かなのに、それを周りに悟らせない。位は兎も角豊かさに関しては、一体どれくらいの分限なのか誰もはっきりとわからない。誰とでも隔てなく接するけれども、遊華以外とは特に進んで関わろうともしない。