第1章 駆ける兎の話
「大袈裟な…」
鼻を鳴らした紫珠に沈梅の目が移る。
「何が大袈裟なものですか。その程度の気構えで治世に臨むのでは宝珠の国の先が思いやられますね、紫珠。国と国のやり取りは姉妹の悪ふざけではすみません。改めて己が立場を心得なさい」
紫珠に睨まれた沈梅は、溜め息を吐いて立ったまま黃酒の杯に口をつけた。慣れない出張り方をして疲れたのだろうか。
「今日はまた珍しく饒舌な事。もう酔ってしまったのかしら。あなたにそこまで言われる筋合いはないわ。あなたこそ立場を弁えなさい、沈梅」
茶器の肌を撫でながら、貴白が沈梅を見もせず辛辣に言う。
「誤解しているようですね。本来私たちは皆平らかな立場にある。あなたの言うような形で立場を弁える必要などないのですよ」
沈梅の諭すような答えに貴白の眉が吊り上がった。
「お黙りなさい、学者風情がぬけぬけと、誰に向かってものを言っているのです」
「あなたに言っているのですよ、貴白。わかりませんか?ここに居る姉妹は前宮の兄弟も含めて、貴賎のない関係なのです。ただ香国の本筋を継ぐ者だけが私たちとは違う。つまり、あなたたちが陰で笑っている知香を除けば、私たちはただ母親の生国、香国が治める国のひとつを継ぐというだけの等しい立場にあるのですよ。更に有り体に言えば、これから治める国の民とさえ同じ立場にある。何しろ治世は一代限り、王位を還せば私たちは皆ただの人なのですからね」
この沈梅の言葉で貴白が激昂した。
「お黙り!馬鹿馬鹿しい事ばかり口にするんじゃない!」
思わずビクッと肩が上がる。怖い。
しかし沈梅は動じなかった。杯を持ったまま軽く腕組みし、また溜め息を吐いて続ける。
「馬鹿馬鹿しい?それはまたどうして?何故馬鹿馬鹿しいかすらまともに考えていないのではないですか?よく考えてみなさい、貴白。賢しいあなたにわからない筈がない」
「まだ言うか!」
「おお怖い。大きな声を出さないで頂戴、貴白。息苦しくなっちゃうわ。それにね、あまり難しい事言わないで、沈梅。頭が痛くなっちゃう。貴白たちはね、怖い狼娘が居なくなったから、ちょっと羽目を外してしまっただけなの。ついちょっと、ね?そうよね、貴白、紫珠?」