第4章 インターハイ
兄は才能に溢れていた。そんな兄と小さい頃からよく比べられてきた。
特に勉強に関しては医者の家庭に生まれたこともあり、物心つく前から3歳年上の兄と競い合うように勉強をさせられた。兄は優秀でどれだけ頑張っても兄に勝つことはできなかった。
両親は「兄さんは特別だから気にしないで。兄さんほどできなくても医者にはなれる。あなたなりに頑張ればいい」と言った。
それは両親なりの励ましの言葉だったのだと思う。
でも3歳の時に兄について見に行った水泳教室で出会ってしまった、水に漂い気持ち良さそうに泳ぐ姿に。
魅せられてしまった、跳ねる水しぶきの美しさに。
それですぐに習い始めた。
泳いでいる時、なぜか地上にいる時よりも自由に動けるような気がした。その時だけは勉強のことも兄のことも忘れ、ひたすら泳ぎ続けた。誰よりも泳いだ。
そして小学生に上がる頃。初めてタイムを計った。隣には兄。
「まぁ、お前は計測初めてだろ?俺の後ろでリラックスしていけばいいから」
兄はそう言った。
教室に行く前、両親にも同じことを言われた。
先生には「勝たなくてもいいから、自分のペースで泳ぎなさい」と言われた。
スタートの笛の音が鳴り、水の中に飛び込んだ。スタートは兄とほぼ同時だったのに、すぐに引き離された。
「兄さんの後ろについて」
前をいく兄の水しぶきを見る度、その言葉が何度も頭をよぎった。
ハァ?ふざけるな。
必死で泳いだ。
「勝たなくてもいいから」
うるさい!そんなつもりで泳いでないんだよ。
兄よりも誰よりも練習してきた。
「俺の後ろで」
私はアンタに勝ちたくて今ここにいるんだよ!
目の前にゴールの壁が見えた。
タッ
気づいたら沙織の手は兄よりも先にゴールに触れていた。
「ハァ、、、ハァ、、、うそ」
ゴーグルを外すと目の前の景色はキラキラと輝いた。
心臓は張り裂けそうで、肺は悲鳴をあげていた。
正直、めちゃくちゃ苦しかった。
ケドめちゃくちゃ気持ちよかった。
沙織は遠のく意識の中で、兄や先生の驚く顔を見た。
そう、その顔が見たかった。
いつも余裕ぶっこいて。
見たか、、、
私もなかなか特別でしょ?
パシャ。
静かに上がった水しぶきとともに沙織は倒れた。
水の中に沈みながら
コレ、、、だと思った。