第3章 夏は夜
「よっこらせっと」
ドサッ
沙織は大きなゴミ袋をゴミ庫へ投げ入れた。バイト終わりにゴミの片付けをするのがいつもの仕事だ。
ふわっ
その肩は突然柔らかく温かいものに包まれた。
「巧?」
沙織は一瞬驚いたが、すぐに静かに笑った。
「お疲れさま」
沙織の肩に頭を埋めるようにして巧が囁く。
沙織は目を瞑り、その甘い声と体温を味わった。
「皆に見られるよ」
本当はもう少しその温もりを感じていたいと思いつつ、沙織は場をわきまえていた。
「寂しいなぁ」
巧は離れようとする沙織を力強く抱きしめた。
「えー?何が」
「今日、佳奈ちゃんが言ってた荒北くん?だっけ」
おもむろに巧は荒北の名前を出した。
「仲良いの?」
あれ?ヤキモチ?
巧はこれまでこんな風に沙織の交友関係に口を出してきたことはなかった。まぁ、交友関係といっても沙織には佳奈以外の友人はいなかったのだが。
巧は沙織から見て、いつも余裕があって、大人で優しい人。そんな人間の拗ねたような表情が沙織の心をくすぐった。
「仲良くないよ。いつも喧嘩腰だし」
「でも最近、沙織はなんか楽しそうだし」
「そうかな?」
「今日も佳奈ちゃんを店に連れてきたの久しぶりだったし」
「それ、関係ある?」
「佳奈ちゃんに友達ができたからって、いじけてたのに。今日は元どおりになってた。それは荒北くんのお陰だったりして」
「ち、、、違う!たまたま!佳奈がインターハイの話を続けるから!それに私はいじけてないし、、、」
思わず巧から目を逸らす。
そんな沙織を見て巧は問いただすのを諦めたようだった。
「ならいいんだけど。でも僕は君がインターハイを見に行くのには反対かな」
「え?さっきは行っていいって」
「うん。でも、やっぱり沙織を荒北くんに取られたくないからね」
巧は笑っている。ただの冗談だろうか。
「ナイナイ!!太陽が爆発しても、そんなことは起きないから!」
そうだ。
私はもうこの人だと決めている。それに相手は荒北だ。
だから焦る必要なんてない。そもそも荒北とあったことを隠す必要だってない。
なのにどうして、、、
沙織はどうして自分の鼓動がこんなに早まるのか分からなかった。