第3章 夏は夜
「ハァ?何でアイツ、インターハイに出なかったんだよ」
荒北は怪訝な顔をした。
「理由は分からない。でも、高校に入って同じクラスになった彼女は別人のようだった」
黒く艶やかだった髪は金色になり、水泳の時間にはジャージ姿で欠伸をしていた。
「ハッ!どーせ、アイツのことだから、泳ぐんがめんどくさくなったとかそんなんだろ」
「そうかもしれないな」
新開は自嘲気味に笑った。
何があったのかは分からない。
怪我をしたのか、なにかトラブルがあったのか。それとも荒北が言うようにただ面倒くさいと思ったのか。
もしかすると彼女はもう二度と泳ぐことを望んでいないかもしれない。
それでももう一度彼女に泳いでほしいというのはワガママだろうか。
どうして、彼女は毎日あんなにつまらなさそうなのか。
あの時は、あんなに嬉しそうに笑ったのに。
今年、やっと最高の走りができるようになった。
もしも自分の走りで、彼女の情熱に火をつけることができたなら。
彼女はもう一度あの笑顔を見せてくれるだろうか。
「それでも俺にとっては、彼女はいつまでも綺麗な人魚姫なのさ。お姫様に応援されたら誰よりも速く走れそうだろ?」
「ケッ、何だそれ!応援なんて関係ねェ!ただ自分の全力を出すだけだろーが。しょーもねーこと言ってねぇで、さっさと練習するぞ、バァカ!」
荒北は悪態をつき、サッと新開の前に出た。
「そうだな、靖友」
新開はその背中を見て微笑むと、パワーバーを一口かじって走り出した。