第3章 夏は夜
毎朝、たまに昼休み、もちろん放課後になると、荒北は1番に教室を出て部活に向かった。
一度だけ、練習風景を見たことがある。たまたま帰りが遅くなってしまった日、自転車競技部の部室前を通ると、もう外は暗くなっているというのに灯りがついていた。
中を覗くと、荒北が1人ローラーを回していた。
汗だくで俯き、今にも倒れそうになりながら、荒北は自転車を漕いでいた。
「、、、、」
沙織は、その姿につい見とれた。
「あれ、沙織ちゃん?何してんの?」
驚き振り向くと、もう制服に着替えた新開がいた。
「うわっ!いや、別になんにも、、、」
「あ、靖友?アイツはいつも1番遅くまで練習してるんだ」
別に荒北を見てたなんて言ってないし!ってかそんなこと聞いてねーし!
沙織は不満そうに新開を見た。そんな沙織を見て、新開は笑う。
「話しかける?喜ぶと思うけど」
「誰がそんなこと!それにそんなことしたらまた文句言われるだけでしょ」
、、、私だったら、ウザいと思うし。
「俺は応援してもらえたら嬉しいけどね」
「ふーん」
「本当だよ。だからさ、、、」
新開は沙織の正面に立った。
「インターハイ見に来てくれないかな?」
「ハァ!?なんで私が、、、」
言い返そうとした沙織の言葉を新開は遮った。
「そんで、もし俺が最速の男になったら付き合ってくれない?」
新開は大きな瞳を沙織から離さない。沙織は新開の顔を見据えた。
「はぁ、、、そんな冗談信じると思ったわけ?」
「はは、バレたか、、、」
新開はにこやかに笑い、ローラーを回す荒北を見た。
「ま、気が向いたら見に来てよ。靖友は初めてのインターハイだし気合い入ってる。他のメンバーも今年は最強だと思う」
「あー、、、うん。まぁ、気が向いたら」
「うん、よろしく」
「へーい。じゃあ、もう帰るわ」
「うん、また明日」
笑顔で手を振る新開に沙織は無言で手を振り、駅に向かった。
冗談だよな、、、。
沙織は空に浮かぶ月を見て先程の新開の目を思い出した。爛々と光る瞳の奥は、新開の中にある何か熱いもので燻っているように見えた。
「まさかっ!はは!そうだよ!まさか!はははは!」
なかなか落ち着かない胸の鼓動をかき消すように沙織は大声を出して笑った。