第12章 AfterStory 隣の彼は返事をしない
「自転車部の部室ってこんななんだ」
香田さんは興味深そうに辺りを見回した。
「あんまウロチョロすんじゃねェぞ。テメェはガサツチャンなんだから」
「はいはい。ふーん、、、」
荒北の注意を聞き流して彼女はどこか嬉しそうだった。
荒北の彼女だったのか。
疑うわけではないが、意外だった。
まだ付き合いは長くないが、荒北に彼女がいるというのは想像し難かった。この荒々しく口の悪い男が、彼女には優しく接するのか。
、、、いや、優しくはしていないな。
それに朝は自転車部の朝練に参加し、日中は講義を受けたり、仲の良いグループでつるむ。そして夕方になるとまた練習。更には最近、車の免許を取りに行こうと言い出した。
一体いつ彼女との時間を取っているのか、謎だった。
「やっぱりうちの部室とは違うなぁ」
「当たり前だろ、違ェスポーツなんだから」
「、、、スポーツ?何かやっているのか?」
目を丸くする俺に向かって荒北はニヤリと笑った。
「アァ、コイツ、水泳部なんだヨ。ずっとサボってたからド下手だけど!」
彼女をイジる時の荒北はいつもよりも声が弾んでいる。
「だーれが、ド下手だ!もうすぐエースを追い抜かすっつってんだろ!そんでインカレに出てやるんだから!」
そして言い返す彼女の顔もいつもより生き生きとして見えた。
「その為にいっつも練習してんだ、私!」
あぁ、そうだったのか。
昼休み、彼女がどこに消えるのか。
講義後、なぜ姿を見たことがないのか。
彼女は俺達と同じだ。
こちらに向けられたその真っ直ぐな笑顔を見て分かった。
彼女がどこを見ているのか。
何を決意してこの大学に来たのか。
「そのうちテレビとか出ちゃうんだから。金城サンも楽しみにしててよ」
「あぁ、そうする」
「ハッ!バァカ、そんな大口叩いて、恥ずかしい奴!」
「うるさい!やんのか、コラ!」
「アァン!?」
「、、、はは、バカはどっちかな」
「何だと、コラ!金城!」
憎まれ口を叩きながらもいつもより優しく光るその瞳は、
ずっと彼女を見ていた。
そして彼女も奴を見ていた。
それに気づいた時、俺の中の気紛れは一瞬で消えてなくなった。
この2人がうまくいくようにと心から願ったんだ。