第10章 冬はつとめて
外に出ると、冷たい冬の風の中に微かに春の匂いが混ざっているような気がした。
低くなった夕陽が眩しい。
チラリと隣を見ると、荒北も眩しそうに目を細めていた。
そしてやはり自分がどうしたいのかは分からなかった。
もうすぐ試験本番だ。
「あー、さむっ!」
冬の風に当たり、肩を震わせる沙織。
思わず丸めたその肩にフワッと柔らかい感触が触れた。
「、、、?」
サッと振り返り、荒北がマフラーを掛けてくれたことに気がつく。
ワインレッドのフワフワとしたそれからは、荒北の匂いがした。
「えっ、、、?そんな、いいって!マフラーとかいつもしてないし!」
「ウッセーなァ、、、!病み上がりなんだろーが!いいから大人しく巻いとけっつーの!」
病み上がりだからとベプシを酷評したことを根に持っているのだろうか。
荒北はそっぽを向いて、沙織を追い越してスタスタと歩きながら言った。
マフラーを外したせいで、サラサラの髪が静電気で所々跳ねている。
「っつーかァ!いつもしてねェって何だヨ!!そんなだから授業中にぶっ倒れンだ!」
自転車置き場に向かいながら、荒北がボヤく。
「、、、」
こっそりとその柔らかな感触に顔をうずめると、胸が苦しくなった。
何だコレ、、、。
そんなことをした自分にも、いちいち荒北の温かさが残るこの無駄に柔らかい物にも何故か苛立って、沙織はしかめ面をした。
「、、、っつか、マフラー持ってねェんなら、ソレやる」
「えっ?」
荒北の言葉にハッと目を開いて顔を上げた。
「ソレやるって言ってんだヨ!」
ガチャガチャと、あの綺麗な青い自転車に取り付けられたチェーンを外しながら、荒北が苛ついたように答えた。
「、、、もうすぐ本番だろーが。少しは大事にしろってンだ、、、ったくテメェはいっつもそうやってなァ、、ら」
しゃがみ込んで背を向けたままボヤく。
その表情は見えなかった。