第10章 冬はつとめて
荒北がその事を知ったのはつい最近のことで、たしかにずっと新開は何かを聞いてほしそうにしていたが、荒北にそんな余裕はなかった。
その事実を知ったのも偶然。
1人受験勉強に明け暮れてトボトボと帰路に着いた時、校門を一緒に出て行く2人を見かけたのだった。
手を繋いで、今までよりもずっと近い距離で歩く2人に、荒北は自然と歩く速度を緩めた。
まぁ、良かったじゃナイの、チビ眼鏡。
そう頬が緩んだのも束の間、胸が痛んで、立ち止まった。
空を見上げると、すっかり日も落ちて冷んやりと澄んだ空に月が浮かんでいた。
、、、何で、あんなこと言っちまったンだろナ。
荒北は後悔していた。
分かっていた。
沙織があそこで頷くような人間じゃないことくらい。
できることなら、全部なかったことにして、もう一度やり直せないか。
そしてできるだけ明るく振舞って出たのが「香田チャン!」だった。
しかしすぐに気付いた。
そう呼びかけた瞬間の沙織の目を見て。
あぁ、また失敗したと。
嘘なんかじゃない。
あの日伝えた気持ちは本物だって。
ずっと、、、伝えたかったんだ。
そう言いたかったのに、言えなかった。
その日から沙織の目を見ることが怖くなった。
「香田チャン」
そう呼ぶたびに胸は痛むのに、一度呼び始めたものをどう止めればいいのかが分からなかった。
そんな風に呼びたかったわけじゃねンだ。
ホントは、、、。
荒北はチームメイトに呼ばれてコートに戻っていく沙織の背中に向けて呼びかけた。
「沙織、、、」
決して誰にも聞こえることのない声で。
そしてその声が届くか届かないか、その瞬間沙織の足がぐらついた。
「は、、、!?」
考える間もなく荒北は飛び出していた。
倒れる、、、!
直感的にそう思った。
そして走って滑り込んだ。
膝が床に擦れて熱くなったのなんか気にもならなかった。
ただ必死で、誰よりも早く倒れた沙織の横に駆けつけ、叫んだ。
「オイ!コラ!香田!!どしたんだヨ!?起きろって!!」
抱き起こそうとした沙織の身体はやけに熱かった。