第10章 冬はつとめて
沙織は今でもあの日のことは間違っていなかったと思う。
あの時の沙織はただ巧とのことを乗り越えることで精一杯だった。
その為に髪も染めた。
受験に集中しようと思っていた。
荒北がいてくれると言ったから、大丈夫な気がしていた。
沙織は校舎に入っていく荒北の背を見ながら考えた。
「なぁ香田!一緒に帰らナァイ!?」
もうすぐ1ヶ月も経とうとしているのに、まるで昨日のことのように覚えている。
「ウッセ!バァーカ!テメェらよりなァ、俺のがずっとコイツと帰りたかったんだっつーの!!」
驚きがなかったと言えば嘘になる。
しかしただ沙織は荒北に手を引かれながら、その白く細く冷たいその手を見ていた。
振り払おうと思えばすぐにできたのに、それをしなかったのは沙織の胸は高鳴って、心臓を掴まれたみたいに苦しいのに、心地良かったから。
それは今の沙織にとっては懐かしくさえ感じるあの幸せな日々を思い出させた。
その心地に酔っていたんだと思う。
気づけば校門を過ぎていて、沙織は焦った。
そして罪悪感に苛まれる。
巧を、荒北を裏切ってしまったような、そんな罪悪感。
荒北を前にして感じるこの気持ちは、巧の時とは少し違う。
この気持ちをそうだと言えばそうなのかもしれない。
しかしそれは荒北に巧を勝手に重ねているんじゃないか。
そんな疑いが晴れなかった。
そんな自分が許せなかった。
そして、そんな自分を荒北にだけは知られたくないと思った。
だからそんな自分を出さないように出来るだけぶっきらぼうに言った。
「、、、で?さっきの何?」
本当は気づいていた。
これまでの荒北の優しさが、今目の前にいる荒北の表情がそう言っていたから。
「ずっと帰りたかったって何?」
詰め寄るように聞いたのは、確認したかったから。
「それってどういう意味?」
そういう意味じゃないと、ちゃんと荒北に言って欲しかった。
しかし絞り出すように荒北の口から出てきたのは
「、、、お前のことが好きだから」
という言葉で、
続けて出てきた
「俺と付き合わねェ?」
に、沙織は愕然とした。