第10章 冬はつとめて
あの日の翌日。
教室はその話題で持ちきりだった。
「ねーねー、香田さんて荒北と付き合ってんの?」
沙織は席に着くなり囲まれた。
「、、、っ!」
荒北の名前を聞いて思わず固まった沙織に、輝く周りの目。
「いや、、、」
“違うし!!”
そう口が動きかけた。
しかし荒北の気持ちを思うと言えなかった。
もしかすると私の言葉でアイツは傷つくんじゃ、、、。
荒北の掠れた声を思い出すとどうしても言えなかった。
もうアイツのあんな声は聞きたくない。
そう思った。
返答に困り荒北を見ると、荒北も困った様子でこちらを見ていた。
目が合った瞬間、沙織は自分の顔が熱くなるのを感じた。
「なぁ、荒北!昨日、あの後どうなったんだよ?」
しかしそれはほんの一瞬のことで、荒北はすぐにその目を逸らした。
そしてかすかに目を伏せた後、
「バァーカ!何もあるわけないじゃナァイ!」
よく通る声でそう言い放った荒北の顔は不敵に笑っていた。
その瞬間、ドクンと大きな音を立てる沙織の心臓。
どうしてこの心臓はこんなにも煩いのか。
荒北が笑ったからなのか。
何も無かったと言われたからなのか。
荒北は昨日のことを無かったことにしてしまいたいと思っているのか。
自分はどうしたいのか。
答えなんて出なかった。
「えっ?でも一緒に帰ったんじゃ、、、」
「ハァ?テメェらがあんな必死になって誘ってンのが面白ぇから、2人でからかったんだヨ!な?香田チャン?」
「えっ、そうなの?」
教室中の視線が沙織に集まる。
チャン付けされて呼ばれたのはこれが初めてのことだった。
「は、、、?」
驚いて荒北を見ると、荒北も同意を求めるように沙織を見ていた。
その表情はあくまで明るく、まるでこの状況楽しんでいるかのようだった。
しかし沙織には分かった。
親しげな呼び方も、明るい笑顔も全部嘘。
荒北の穏やかな瞳に、
昨日のことは無かったことにしよう。
そう言われているような気がした。
「、、、そーだよ、ばーか」
荒北が笑っているのに、自分は笑わない。
そんな選択肢は沙織には選ぶことはできなかった。