第8章 秋は夕暮れ②
それも何も叶えることはできなかった。
沙織が息を吸うのがわかって、荒北はゴクリと喉を鳴らした。
荒北が覚悟を決めて目を閉じた時、その耳に入ってきたのは
「荒北、さんきゅな!」
という沙織の明るい声だった。
「ンな、、、っ!」
驚いて顔を上げると暗闇の中で一瞬、沙織の白い歯が見えた。
荒北は目を見開いた。
それから沙織はずっとやけに機嫌良く話をしていた。
荒北には何の関係もない、取り留めもない話を。
そして沙織が溜息をついて伸びをした時、荒北のイライラは最高潮に達して、今に至る。
荒北は沙織に詰め寄った。
「全ッ然いつも通りじゃないじゃナァイ!!テメェのいつも通りッつーのは、自分勝手でワガママで不機嫌で、、、こんな時こそ文句言うモンじゃないのォ!!?」
暗闇の中で沙織の表情が変わったような気がした。その様子に荒北の勢いは弱まった。
「、、、チッ!何で責めねェ。腹が立つなら怒ればイイ。俺のせいだって責めたてれば、、、少しはスッキリすンだろ」
沙織は黙っている。
荒北は地面を見た。
あー、ヤダヤダ。
口だけで、最低な上に、コレかよ。
なんか俺、女々しくナイ?
なァ、テメェもそう思ってンだろ?
そんなに、、、カッコ悪かったかよ。
だからもう俺には弱音なんて吐けねェって、
そういうコト?
「辛かったら、、、泣けばイイだろーが」
ハッ!笑っちまうナ。
そんなこと俺に言われたくねェっつーの!
っつか、文句の一つでも言ってもらえる方がマシだとか、、、バッカじゃねーの、俺。
ザッ。
沙織が近づく足音がした。
ハッと荒北が顔を上げると、街灯に照らされた沙織の顔が見えた。
本当は今にも泣きそうなんじゃないか。
我慢して、涙を溜めているんじゃないか。
背中を見ながらそう思っていた。
沙織は微笑んでいた。
少しだけ寂しそうに、しかしどこかスッキリした表情で。
「、、、じゃあさ荒北、少しだけ話聞いてくれる?」
荒北は目を背けてぶっきらぼうに答えた。
「、、、あぁ」