第8章 秋は夕暮れ②
「オイ、こらオッサン。いつまで笑ってんだよ」
荒北は低い声を出した。
その声に巧は目を拭い、息を整えた。
「あぁ、ごめんね」
そしてスッと姿勢を正すと荒北を見てから、沙織の方へ向き直った。
荒北の視界の端で、沙織の肩が小さく跳ねる。
「沙織。君もさっき少し見たと思うけど僕と彼で勝負をした。彼が勝ったら、君とヨリを戻すって約束でね。そして、、、勝ったのは僕だ。つまり、、、」
「だからアレは、、、っ!」
口を挟みかけた荒北を巧は手で制した。
そしてニッコリと笑ってこう言った。
「僕も沙織が来ることなんて知らなかった。その点では君と状況は同じだったはずだ。だから僕は卑怯なんかじゃない」
「ぐ、、、」
そうだろ?
というふうに笑う巧に、荒北は何も言い返せず唇を噛んだ。
その様子を見て巧は満足気に微笑み、一瞬目を伏せてから、再び沙織を見た。
沙織の目は赤く腫れていた。
巧は目を細めた。
胸が痛んだ。
ひどい顔だ。
まるで、あの時のように。
巧の頭に浮かんだのは、バイトを休んで店の裏で兄から隠れていた時の彼女だった。
今目の前にいる沙織はその時よりも大人びて綺麗になった。
巧はため息をついた。
もう二度とこんな顔は見たくないと思っていたのに。
まさか最後にその原因が自分になるなんて。
皮肉だな。
巧は小さく笑った。
沙織が驚いたように目を丸くする。
だけど大丈夫だよ、沙織。
君には彼がいるから。
ねぇ、彼がどうして負けたか君は気づいているかな?
彼はあの一瞬、勝負よりも君のことを考えていたんだよ。
僕は、、、違った。
それだけ、なんだ。
大人だから冷静でいられたって言うと聞こえはいいけど、歳をとるって怖いよな。笑
あの一瞬、僕は彼よりも大人になってしまった自分を呪った。
君に目を奪われる彼を見て悔しいと思った。
だから、、、
「沙織、そういうことだから、、、、もうこれで、さよならだ。、、、風邪、ひかないようにね」