第8章 秋は夕暮れ②
沙織を譲る?
そんなおこがましい気持ちだったわけじゃない。
ただ荒北ならば自分よりも彼女のことをきっと幸せにできる。
そう思った。
別れを告げた時、沙織がどんな顔をしているか想像がついたが、きっといつか彼女もそれで良かったと思ってくれると信じていた。
全て彼女の幸せを願って、したことだった。
それなのに、目の前の荒北の笑みに揺らぐ自分が見えた。
彼女の気持ち?
自分の気持ち??
、、、気づいていたさ。
気づかされたよ、痛いほど。
巧はインターハイの時に車から降りて駆けていく沙織の背中を思い出した。
心臓が大きく脈打って苦しい。
いつのまにか荒北が自分の腕をジリジリと押していた。
手の甲があと少しでテーブルについてしまいそうだ。
こんなに追い詰められるまで気がつかなかった。
腕が痛い。
あぁ、ここから巻き返すのは大変だ。
、、、このまま負けてしまえば楽だろうか。
「ふふ、、、」
思わず溜息にも似た笑いが漏れた。
「ア?」
荒北が怪訝そうに睨む。
負けてしまえたら、楽なのに。
「僕も頑固だなぁと思って」
巧は目を細めて笑った。
「ハァ?どういう、、、」
こめかみに汗を滴らせながら荒北が口を開きかけた時。
バン!と裏口の扉が開いた。
そして
「お疲れさまでっす!!!!」
沙織の大きな声が響いた。
「は、、、?」
その声に荒北は思わず振り向いた。
巧はその瞬間を見逃さなかった。
荒北の気が逸れた瞬間、巧が荒北の腕を押し倒した。
ガン!!
荒北の手がテーブルにぶつかる鈍い音がした。
「あ!!?」
「え?」
痛みと驚きで荒北は我に返り、沙織は呆然とした。
「ふぅー、、、」
巧は大きく深呼吸をすると、そんな2人を見て微笑んだ。
「僕の勝ち」