第8章 秋は夕暮れ②
「ハァ、、、ハァ、、、」
荒北は“準備中”の札を睨みつけて額ににじむ汗を拭った。
茶色いガラスの奥には薄暗い店内が見える。
、、、あンの野郎、一体どこだ?
ゆっくりと扉に力を込めた。
カラン、、、
来客の鈴が静かに鳴ろうとしたとき
「あれ?荒北くん?」
イライラを後押しするような穏やかな声に名前を呼ばれた。
ゆっくりと呼ばれた方向を見据えると、巧がホウキ持ちながら立っていた。
「一体どうしたの?学校は?」
巧は昨日と同じトボけた顔で荒北に尋ねた。
プツン。
荒北の中で何かが切れた。
「どうしたの?ハァ!!?ッざけンなクソジジィ!!」
カラン。
荒北が叫ぶとほぼ同時に巧の持っていたホウキがアスファルトの上に落ちた。
荒北は巧の胸ぐらを掴んでいた。
「おっとっと、、、ちょっと、苦しいよ。荒北くん」
巧はギリギリと首元を締めてくる荒北の手に軽く触れた。
こんな状況でもその表情には余裕がある。
巧は荒北よりも頭1つ分背が高かった。
そして優しそうな物腰に反して、鍛えているのかガタイもいい。
襟元を掴みながらも相手を必死で見上げる形になっている荒北は、苦しいと言いながらもまだ笑顔の残る巧を睨みつけながらその奥歯を噛みしめた。
情けなくて。
「はは、僕、君に何か気に触ることでもしたかな?」
「俺にじゃねーよっ!!アイツにだよ!!!」
悔しくて。
イラついた。
荒北はグッと巧の胸ぐらを引き寄せた。
鼻と鼻がくっつきそうな距離で、荒北は巧の瞳を捉えた。
それでも巧は表情を崩さなかった。
荒北には巧の考えていることが分からなかった。
「、、、えっと、アイツって、もしかして香田さんのこと?」
「そーだヨ!!テメェ、何でアイツのこと振りやがった!!!」
「、、、そっか、君は知ってるんだね。ケド、、、」
巧は少し驚いたかのように目を丸くした後、スッと目を細めた。
「どうして君がそんなに怒っているんだ?君は喜んでくれると思ったのに」
言いつつその目が一瞬鋭く光ったのを荒北は見逃さなかった。