第8章 秋は夕暮れ②
そして拳を握りしめて向かった先は玄関だった。
踵が踏み潰されたスニーカーに裸足のままの足を入れて、ドアノブに手をかける。
荒北の行き先はわかっていた。
巧のいる場所、昨日沙織がもう来なくていいと言われた店だ。
そこに行けばいい。
そして荒北を連れ戻す。
それだけだ。
まだ、、、間に合う。
アイツが店に着く前に、早く、、、
頭では分かっていた。
しかし沙織の体はドアノブを握ったまま動かなかった。
「、、、、」
ドアノブにかけた手が震える。
「くっそ、、、」
ガン、、、ッ
沙織は扉に額を打ち付けた。
“巧”
その名を思い出しただけで、昨日の出来事が鮮やかに蘇った。
沙織は込み上げてくる何かを押さえようと唇を噛み締めた。
泣いてる場合じゃない、、、。
扉の冷たさで頭を冷やし、ゆっくりと息を整える。
「、、、フゥー」
アイツに聞いてもらって、少し落ち着いたハズなのに、、、。
アイツの手は冷たかった、、、。
沙織は扉に額を押し付けるようにして目を固く瞑った。
その手はこの扉のように冷たいのに、柔らかい。
その口から出る言葉は甘くないのに、優しい。
そんな目付きの悪い奴のことを考えた。
次に目を開けた時、沙織の顔から緊張は消えていた。
、、、何でかな。
こんなに苦しいのにアンタのことが何だか可笑しくて、笑っちゃう、、、。
沙織は静かに微笑むと、ギィと音を立てるドアノブをひねり、沈みかけた夕陽が差し込む廊下へと駆け出した。