第8章 秋は夕暮れ②
「荒北くん」
スッと顔を上げた荒北の耳に優しい声が入ってきた。
荒北は小さく息を吸って振り返った。
コイツがいくらカッコよくても、
アイツにとって良い相手なんじゃねーかなんて、
そんなのどーだっていい。
、、、ったく、ンなことで諦められるくらいなら
はじめっから好きになんてなってねェっつーの。
「何?」
メンドくさそうに答えながら、荒北は目の前でニコニコと微笑む男を見据えた。
できるだけ鋭く冷たく見据えた。
しかし男は微笑んだままだ。
「また来てね。沙織もきっと喜ぶから」
沙織。
そう呼んだ男の声を聞いて、荒北の中で何かが弾けた。
「テメェにゃ負けねェ!!!」
そして気がつくと男を指差して叫んでいた。
その声に通りすがりの人々が振り返る。
「いいかァ!?余裕こいてられンのも今のうちだからナ!こンのエロオヤジ!」
荒北の今にも噛みつきそうな勢いに男は目を丸くしていた。
しかしすぐに先程までの笑顔に戻った。
「えっと、、、エロ?」
男は少し困ったように笑った。
「ごめんね、何か勘違いをさせてしまってるかもしれないね。」
「ハァ?何が勘違いだって、、、」
荒北が言い返そうとした時、男がスッと手を出してそれを遮った。荒北は男を睨んだが、男は相変わらず笑ったままだ。
コイツ、、、ヘラヘラしやがって。
まさかあんな風にしておいて、アイツとは付き合ってねェとか言い出すンじゃねェだろーナァ!
男はそんな荒北の考えを見越したように目を細めた。
「はは、何が勘違いかは教えてあげない」
「アァン!?テメェ、ふざけんじゃねェぞ!!」
「ごめんね。僕はそこまで優しくないんだ」
そして怒る荒北をよそにまたニッコリと笑うのだった。
「こんなオジサンにもプライドがあるからね」
「テメェ、コラ!!いい加減に、、、」
荒北が突っかかるのも気にしない風情で、男は店のドアに体を向けた。
そして振り返りざま、
「あと、僕は巧。テメェじゃないよ。それじゃ、明日沙織によろしくね」
と言って再び満面の笑みを見せて去っていった。