第8章 秋は夕暮れ②
「荒北」
そう呼ばれた高校生を見た時に巧がまず思い出したのは、「綺麗な黒髪の後ろ姿に反して、顔はブッサイクで態度が悪い」と荒北のことを笑った沙織の顔だった。
確かに目の前で友達の助言に対して悪態をつく彼の、細い目に三白眼そして歯茎を見せながら話すその姿は、お世辞にも“イケメン”とは言い難い。
巧はそれを見て、沙織が話していた荒北とは今目の前にいるこの男の子だと確信した。
しかし沙織が「態度が悪い」と評す程、悪くないと巧は思った。
というよりも、沙織にそんな風に言われるなんてよっぽどのものなのだろうと想像していたのだが、巧からすると沙織も同じようなものだった。
今でこそ巧の前では女の子らしく振舞っているが、初めて会った頃の沙織に比べると、荒北の態度なんてとても大人しい部類に入る。
「君が荒北くん?」
そう尋ねた時に驚きで固まる荒北の顔もまたどこか子供らしく、巧は穏やかな気持ちでそれを見ることができた。
そういえば、以前この店で沙織からウルサイからと灰皿を投げられていたのも、もしかするとこの荒北くんだったのかもしれない。
巧は自分のことは棚に上げて、荒北のことを「態度が悪い」などと笑った沙織のことを思い出してつい笑顔がこぼれた。
「だったら何だって、、、!!」
「そうですが。うちの荒北が何かしましたか?」
恐らく挨拶も無しに話しかけたことに苛立ったのだろう。荒北は巧に怒鳴りかけたが、すぐに隣の青年がそれを制止した。
沙織と同じような明るい金髪の青年だったが、その態度は冷静で、平然と巧を見上げた。
他の見た目が女の子受けしそうな2人も、その態度は非常に落ち着いていて、意志の強そうな目で巧を見た。
決して言葉には出さないが「うちの荒北に何か文句でもあるのか、この野郎」と全員の目が言っていた。
その様子を見て巧は微笑みながら答えた。
「あ、、、いやぁ、うちのバイトが仲良くしてもらってるみたいだからお礼を言いたくて、、、」
その間も荒北は不貞腐れた顔をしていた。
しかし巧の目には沙織から聞いていたのよりもずっと、そして想像していたのよりもずっと、荒北は魅力的で根の優しい普通の男子高校生に見えた。