第8章 秋は夕暮れ②
その後の荒北は、勉強に全く集中できなかった。
せっかく注文したベプシもただの水のように感じた。
その理由は、他の客に笑顔を振りまくあの男がチラチラと荒北の視界に勝手に入ってくるからだった。
その男に接客されると女性客は嬉しそうに顔を赤らめたし、ガラの悪いオッサン客も、男の人の良さにつられてか食事が運ばれた後には、はにかんだように笑顔を見せた。
あの男の人の良さが分かっていく度に荒北は舌打ちをした。
今自分がいるこの場所で、沙織は一体どんな表情で、どんなことを思い、あの男と一緒にどんな時間を過ごしてきたのか。
目の前の数式も訳の分からない記号も全部押しのけて、そんなことばかりが頭に浮かんだ。
その想像の中であの男は自分が沙織にしたくても簡単にはできないであろうこともスマートにやってのけ、自分が言いたくても言えないことをサラリと言ってのけるのだ。
東堂たちと楽しげに会話をするその男を見て、荒北にはその様が容易に想像できた。
敵わねェ、、、。
チラリとそんな言葉が荒北の頭によぎった。
その瞬間、荒北は目を見開いてパタンと参考書を閉じた。
その音に3人がパッと顔を上げた。
「、、、、帰る」
荒北は静かにそう言うと、テーブルの上に乱暴にお金を置いて席を立った。
「靖友?」
「オイ!荒北、急に何を、、、」
驚く新開と東堂の声が聞こえたが、荒北は足を止めなかった。
一刻も早くこの場所から外に出たかった。
敵わねェ?
ハッ、笑わせんナ。
カラン。
扉を開くと鈴の音が鳴った。
そして荒北は外に一歩踏み出した。
少し冷たい風が荒北の体にスッとしみ込んで、荒北は息を吐いた。
そうやって悪い想像も、らしくない弱音も全て自分の体から追い出した。
ンなこと、誰が決めたんだっての。
いいじゃナァイ!