第5章 空虚
「ランサーは、聖杯に何を願うの?」
「オレか?」
ランサーは顔色一つ変えずに答えた。
「オレはオレを召喚したマスターの為にこの槍を振るうのみ。故にオレは何も望まない」
「……なんで」
それはおかしい。
だって私は召喚の後、英雄カルナについて調べた。それはもう、徹底的に。
彼の母は神々との間に子を成すマントラを授かり、好奇心からカルナを産んだにも関わらず、未婚での出産がバレるのを恐れ彼を川に捨てた。
武芸を競う大会では、優れた才能を示しながらも誰もカルナを認めず王族へ挑戦することは叶わなかった。
弓の師匠は御者に育てられたカルナを差別し、奥義の伝授を拒んだ。
王女の花婿選びは出来レースで、彼女はカルナを拒絶した。
やっとまともな師匠に出会えたと思ったら、不運が重なり師匠から呪いを受け破門にされた。
カルナと敵対していた一族は、彼を捨てた母が後に産んだ異父兄弟だった。
母親は最終決戦の前に、兄弟で争うのはやめて欲しいと嘆願に来た。
宿敵アルジュナの父であるインドラは、カルナの身体と一体化している黄金の鎧を要求した。
最強の鎧を失ったカルナは、呪いで身動きが取れなくなった所をアルジュナに討たれ、死んだ。
それは読んでて憂鬱になるほどに、何一つ報われない人生だった。
「……そんなのッ、おかしい!絶対おかしいよ!!あんな人生は間違いであるべきだ!カルナはもっと祝福される、尊敬される、幸せな人生を手に入れる力があった」
彼の生涯に起きた何もかもが許せないと思った。
カルナも私の様に憎むべきだ。怒るべきだ。
じゃないと、高潔さという名の暴力によって私という愚かな人間は打ちのめされてしまう。
「聖杯で……全部やり直せばいいじゃん」
私は悟りの境地を見た。
「その必要は無い。こう見えてオレは、オレ自身の人生に満足している」
人の形をしたそれは鳥肌が立つほど神々しくて、あまりにも歪(いびつ)だった。