第5章 空虚
この憤りを彼にぶつけるのは正しくない事ぐらいわかっている。
でも他に誰もいないんだから仕方無い!当の本人であるカルナが怒らないんだもん、今代わりに怒ってやれるのはこの私しかいないじゃないか!
「殴るべきだ……アンタを捨てた母親も奥義を教えなかった師匠も、差別してカルナのこと認めようとしなかった連中みんなとあと身内びいきのインドラ!!一回全員殴るべきだよ!グーで!!」
どうして周りの人はカルナに、たった一言「お前は間違ってる」と言えなかったんだ。
助けを求めて、施しを享受して、カルナの異常性から目を背けて彼を利用して……
「カルナの人生がアレでいいなんて……そんなのっ……そんなの認めないっ!!カルナが認めても、私が絶対認めない!」
「……マスター、何故マスターが泣く必要があるのだ?」
整った眉を顰め困り顔を浮かべるカルナは、夕方と同じように指で涙を拭ってくれた。止まらない涙のそのひと粒ひと粒を丹念に。
「……決めた。私の願いはカルナとアルジュナによる再戦よ!何の呪いもしがらみも無い戦いで、本当はカルナの方が強いって私に示しなさい!!その為に私は聖杯を取る!」
カルナは目を見開いた。
「それは本気か、マスター?」
「本気も本気よ、本気と書いてマジと読むくらい本気よ!」
「……本気と言う文字にそのような読み方は無い筈だが」
キョトンと効果音が付きそうな表情で私を見つめる彼は、相変わらずズレている。
「そんな事どうだっていいのよッ!カルナ、今一度聞くわ。私の為に戦ってくれる?」
私は右手を差し出した。
「無論だ」
恭しく跪いて、そっと私の手を取る。
「それがマスターの望みならば俺は必ず聖杯を手に入れ、我が宿敵アルジュナとの再戦も勝利して見せると誓おう」
施しの英雄はその任を解かれ、一人の武人として微笑んだ。