第3章 境界線
――愛、だと?
○○は打ちひしがれたように、シルビアを見上げた。
身の内に絶望の塊が落下していく。
――今、この状況で、あなたは愛を騙るのか。
今、今更、今になって、その口から私がずっとずっと本当は何より聞きたかった言葉を落とすのか。
黒い塊が胸の一番奥に落ちた瞬間、
○○の目じりから、涙がこぼれ落ちた。
――悔しい。
無念に過ぎる。
今、何より一番、聞きたくない言葉を。
ずっと、ずっとずっと、
――私はシルビアのことが、大好きだったんだから。
流星のように、これまでシルビアと歩いた旅路がよみがえる。
こんな時でさえ思い出すのは風のように自由な彼の笑顔だ。
――忘れちゃったの、シルビア
その手は様々な道具を操り、楽器を奏でる為、
その足は軽やかに大地を舞って、人の世の喜びを表す為、
その口は高らかに凱歌を、甘やかに恋を、何より幸福を呼ぶ為のもののはずだ。
そしてそれらすべては何度、
――塞がれそうになる私の心に炎を灯してくれたことか。
「あなたなんか、シルビアじゃない…」
想定外の反応にシルビアが身じろいだ隙を、○○は見逃さなかった。とっさに両手を伸ばし、その顔を掴む。
彼の眼を真正面から見据え、強い幻惑に濁った瞳の中を必死に探った。
――私は知っている。
シルビアは、
――私の愛するたった一人のひとは、
こんなつまらない幻惑に決して負けたりしないはずだ。