第90章 【番外編】皮肉なことだ
「私、普通じゃないんだ、きっと」
余裕を取り戻した彼女はそう返した。
それが、彼にとっては意外な答えだった。
俺は内情も今までの生活も全部知っているから、変にも思わなかったが、確かに普通ならおかしいと思うだろう。
岩ちゃんは何も考えずにるるの腕を掴んだ。
彼女は驚き、目を見開いた。
そこでやっと自分が何をしたかわかったらしい。
「…っ!俺は、お前を助けたいんだ!」
「助け…?」
「そ、そうだ!!
そんな事しなくていい…」
「それは無理だよ」
「無理なわけ…!」
「ごめんね」
彼女の口調は一瞬強かった。
だから、あの強情な岩ちゃんも一瞬で身を引いたという。
「お、俺は…お前が、好きだから……」
漸く口を開き、そう言う。
緊張で口の中はカラカラだった。
運動した後で汗も気になる、
そんな状態で言う事じゃなかった。
岩ちゃんは心底後悔した。
ただ、後には引けない。
「その、イヤなんだ!
お前がどうとかそうとか、そういうことしてんのが!
だってそうだろ?
マジな奴とだけ、…その、そうなるべきだろ…?」
「……」
るるは一瞬、不思議な生き物を見るかのような目で見てきたらしい。
「岩泉くん…えっと…」
「ワケわかんねえこと言ってるのはわかる!
だがそういう事なんだ!
俺はお前が好きだ!」
「…私も…好きだよ…」
「そういう意味じゃねえって、わかってんだろ」
「…ごめんね」
小声で謝ったことに、沢山の意味が含まれている。
岩ちゃんはそれをわかって、何も言わなかった。
るるがまた口を開くのを、ただ待った。
「いつか、人を好きになれるかな…」
その言葉を、俺は彼女から直接聞くべきだったかもしれない。
後悔と、後に引き返せない気持ちと。
胸が締め付けられて少し痛い。
今までの事と自分のしてしまった事。
どちらもが深く彼女の気持ちを歪めてしまったのだとしたら……。