第68章 【番外編】泡沫のクリオネ
結局、水着に袖を通す時は来てしまった。
お洒落なホテルの一室を借りて、着替えるように促される。
「じゃ、上の出入り口で待ってるぜ」
タオルとガウンを持って、繋心さんは部屋から出た。
ホテルの室内プールだって、人が多少いる。
そこまでしたいのか、とちょっと怒りながら着替える。
約束は破るわけにはいかない。
せっかく選んでくれたんだ。
言われた通りに着替え、指定された階に行くと、ホテルの屋上だった。
もう日が沈んで真っ暗の中、サイリウムの小さくカラフルな灯りと、蛍光塗料のペイントの目印、少しのネオンだけだった。
「ナイトプール…!」
「これなら、見えないだろ?」
「……!」
そっか、暗ければ、見えないんだ。
プールの水は明るいけど、逆行になっていて、泳いでいる人もほとんど顔すら見えない。
カウンターでお酒も飲めて、みんなそれぞれの雰囲気にすっかり溺れている。
人目を全く気にしないでいられる。
「……っ、ありがと、ございます…!」
この前のこともあり、私にとってのコンプレックスは、更に深いものになっていた。
それだというのに、約束だと無理やり連れて来られて、朝の不機嫌を謝りたいくらいには嬉しい。
「朝から焼いてないパン出してきたり、コーヒーが粉だったり…」
「……っ!!」
「その分の仕返しは、後でたっぷりしてやるから。覚悟しとけ」
「ご、ごめんなさい!!」
悪戯をする子供のような笑い方をされ、手を繋がれる。
一緒に乗った大きなアヒルや、流れるプールの光るトンネルは、忘れられない思い出になった。