第54章 【番外編】しづ心なく花の散るらむ
話には聞いたことがあった。
個室露天風呂付の宿があるという話は。
そして、男女で予約するとそういうプランになるという話も。
(母ちゃん、確信犯だ……)
しかし結構値段も張るというのによく用意したもんだ。
初孫に対する金の掛け具合がヤバい。
帳簿に名前を書いて、なるたけ従業員や中居さんに顔を見られないよう進む。
るるには何も説明していない。
それが気まずさを上昇させていく。
「こちらでございます」
離れの個室に案内され、中に入るとなんとも落ち着くシンプルで高級そうな部屋、薄暗い間接照明。
曇りガラスで出来た障子のような引き戸を開けてすぐのところにある露天風呂。
「お食事は夜7時にお持ち致します。
お布団はもう敷きましょうか?」
「あーじゃあー……」
怪しすぎる。
怪しまれていないかちらっとるるを見る。
「私、温泉初めてなんですよねぇ、すごーい」
「あらあら、初めてでこちらなんて」
中居さん頼むからソレ以上言うなかれ…。
脳内で念じながら布団が用意されていくのを眺める。
「あれ?でも、普通は大浴場なんですよね?」
「お前、背中気にしてるだろ……」
もう治っているとはいえ、恐らく一生消えない傷。
それは、彼女の心の中でも同じで、癒えない物となっている。
「あ……」
嬉しそうにこちらを見てくるが、申し訳ないことにそういう配慮をしたわけではなく、成り行きでこうなった。
と、心でマジ謝罪する。