第42章 アップルアンドシナモン6
中古のバイクを引き摺って大通りに向かう。
朝というのもあって、車の通りは少ない。
1週間くらいのつもりでいるがさてどうしたものか。
ここに住んでる理由もそもそもるるがいるからであって、いない間は実家の方が良くないか?と思い始める。
が、1人でいる気楽さを味わうとなかなか難しい。
3食飯は出てくるが、煩わしくなんやかんや言われるであろう。
昨晩の電話で、悲しげな声で言われた言葉が反芻する。
『会いたいの、私だけですか?』
んなわけねーだろ。
何回も何回も、アイツとのハメ撮りで抜いた。
顔を思い浮かべては、甘える声や仕草を思い出す。
そんなこと言えるわけもなく、照れ隠しに、帰ってこいとしか言えなかった。
バイクを置いて家に入ると、煩わしいオフクロサマがお出迎えしてくれる。
「ふられたの!!?」
第一声がそれだ。
「東京で授業受けてるだけだ」
「びっくりしたあー!またお嫁さん探しするハメになるかと思ったわよ!!」
「あーはいはい」
自室が驚くほど綺麗になっている。
本棚に並べられたエロ本に嫌気がさす。
処分していったはずの残骸が出てきたのだろう。
アイツの入学式の写真が机に置いてあった。
どうやら及川の両親が送ってくれたらしい。
ソレを何故か、親が開けるという…。
仕方がないか、と封筒にしまおうとするが、会えない虚無感が押し寄せる。
今より少しだけ幼い彼女が笑顔で写っている。
可愛いし、美人だし、気立ても良くて温厚で、そして、ちょっとだけ肉欲が盛ん。
こんな、青年漫画のヒロインみたいなの、もう現れないだろう。
なんで俺なんかが好きなのか、たまに不思議に思う。
及川や菅原の方が若いし顔はいい。
煙草も酒もやらないし、メールなんかもマメだろう。
そのなかで、ずっと俺だけを選んで信じ、愛し続けてくれている。
急に、電話ですら寂しい思いをさせてやってるのに、後悔の念が押し寄せる。
「ちっ」
荷物と財布を持って、改めて家を出ようとした。
「東京、ちと行ってくる」
「あら!あら!!」
「……んだよ…」
「喜ぶよーうんうん!」
「……だな」
照れ隠しに冷蔵庫から缶コーヒーを出して、ジャケットのポケットに突っ込んでそのまま家を出た。