第20章 甘い水
幸いオートロックではなく、吹き抜けになってる所だ。
たくさん並ぶ集合ポストを見てどの部屋番か、そもそもなんていう教師なのか何も聞いていないことを思い出す。
『清水さんと同じクラスなんです』
会った前後にそんなこと言ってたな……。
『清水、夜に悪い。
地理のセンコーの苗字は?』
『森井先生』
簡素な一言。だがそれだけで充分。
繊細な書体で同じ文字を見つけると、エレベーターに乗り込んでそこへ向かった。
最上階角部屋。
果たしてチャイムが鳴ったくらいで開けてくれるのか…?
「はい」
「森井先生、っすか?」
「…どちらさまですか?」
「その、るるのツレです」
ああ、と短くインターホン越しに呟かれる。
「貴方が繋心さん」
「あ、そうっす…」
スマホの登録を変えていたようで、それで俺を知ったんだろう。
きっと着信件数がえらいことになってる。
「相手、未成年っすよね、お互いのためにも警察沙汰にはしアせん…。
開けてください」
引くわけにはいかない。
少し脅しを入れて部屋を開けさせた。
中からは普通の、年が同じくらいの男。
広く物の少ないリビングにはやたらでかいソファと液晶テレビ。
そこに下着1枚でるるが座らされていた。
「…るる…」
ぼーっと空を見つめ、赤い肌。
何かの薬品でこうなっているのは一目瞭然だった。
「教師を誘惑するような悪い子にはお仕置きしただけさ」
「誘惑?」
怒りなんかより、深い呆れで返事してしまう。
「そうだ。
質問するときに首を傾げたり、顔を合わせると目を見ては視線を流すように外し、挙げ句には困ったように微笑み……誘惑以外の何者でもない…」
(そりゃただのクセだ…あと多分、お前の視線が痛すぎて取った愛想笑いだ…)
言いたいことはわかる…。
「それなのに……その気はないだの、この後の僕の教師としての立場だの……!
この状況であの余裕はなんなんだ!?」
(それは…修羅場慣れだな…)
「あと、な、なんなんだ、あの背中は!?
あ、あ、あんなの、聞いてない…」
「せんせー」
思わず低い声が出る。
恐らく聞こえてるるるはまた深い傷を負う。
「悪いがコイツは、こんな小さいのにとんでもねえもん背負ってんだ。
最近やっと少しずつ、心身ともに傷が癒えてきた。
そんな簡単にはいかねえのよ」