第7章 怪しいお薬
(飲んだ…言った通り、か?)
「あんた、何て事してるんですか!?」
ナナバの言葉を反芻するエルヴィンの思考を、一瞬にして霧散させる怒号。
「あれはまだ完成してないでしょうが!そもそも、人が飲むもんじゃないんだぞ!?」
「モブリット…」
彼がハンジに向け声を荒げる事は、多々ある。
ただ今までは、どこか心配するような、諭すような…そんな優しさが含まれていた。
しかし、今は違う。
ただただ、あるのは怒りのみ。
「ごめん…全部私のせいだ…」
「モブリット、落ち着け。
ハンジも、謝罪は後で聞こう。
まずは薬の成分と、効能を知りたい」
「っ…申し訳ありません…」
「いや、彼女を心配してくれたんだろう?
代わりに礼を言わせてくれ」
ハンジは散らかる執務机を一瞥し、その向こう側の定位置に腰かける。
それにあわせ、ソファーに散らばった書類を端に寄せつつエルヴィンも腰を下ろす。
モブリットは二人の中間地点に立つと、静かに背筋を伸ばした。
「ナナバが飲んだのは巨人用の薬。成分は、まぁ、いろいろ…でも安心してくれ。おかしな物は使ってない」
「効能は?」
モブリットをちらと見、「それは…」と口にしたきり黙りこむハンジ。
「あの、よろしいでしょうか」
「あぁ」
「効能についての説明は…
その、私がいない方がいいかと」
そう言えば、今度はモブリットがハンジをちらと見た。
「そうだね、終わるまで廊下で待っててくれる?」
「いや、いい。事は急を要する。
それに…君も知っているんだろう?」
当然知っている。
助手として、また監視役として、全ての研究・開発にモブリットは立ち会ってきた。
「…催淫」
唐突に、ぽつりとハンジが呟く。
「あの薬は、一種の催淫剤。
性的興奮を高める効果がある」
モブリットは気まずさから、上官両名が視界に入らないよう顔を逸らす。
「そうか…しかし何故…」
「私が勧めたんだ。これならナナバの希望を叶えられるかもって」
「希望…?」
「話してないの?
あんなに泣いてたのに……」
ハンジの一言で、エルヴィンの顔には困惑の色が浮かびあがる。
そして直ぐ様フルスロットルで記憶を掘り起こす。だが……
泣くような事、泣かせるような事、そのどちらにも心当たりがない。