第7章 怪しいお薬
「だめ…」
ナナバは触れた指先で、弱々しく袖口を掴む。
そして潤んだ瞳で見上げれば、エルヴィンへ精一杯の懇願。
「ハンジのこと、怒らないで…お願い」
「大丈夫だよ。
と言ってあげたいところだが…」
当然、経緯次第である。
故意か否か、強制されたかどうか、兎に角何もわからない。何も答えられないのも当たり前。
だが、
「約束、して…じゃなきゃ放さない…」
「ナナバ…」
それでも必死なお願いに、『分かった』と小さく呟けばナナバはほっと息を吐く。
ほどけた指先。エルヴィンは労るように撫でながら続きを呟いた。頭の中だけで。
(…怒りはしないさ。怒りは、ね)
そう、子供を叱るように怒りはしない。
長として相応しいペナルティを考える。そういう意味での了承。必要とあれば、それを科すのも団長としての務めだから。
しかし、尚もナナバは繰り返す。
「…ハンジは、悪くない…お願い……」
「そうか…しかし、君が飲んだ薬は彼女が作ったものだろう?」
「…そう、だけど…。違うの…」
「違う?」
エルヴィンを見つめるその視線は、まるですがるようで。
(…っ)
それでいて、誘うようで。
(まずい…)
ナナバと顔をあわせてから、ずっと感じていた。
まるでシテイルトキのような表情、雰囲気…そして色気を。
(こんな状態のナナバ相手に)
きっと薬のせい。
だが、抗いがたいのもまた事実。
(このままでは…)
確実に反応してしまう。
そうなる前に、まずこの視線を何とかしなければ。
落ち着いて。そう優しく声を掛けながら隠すようにナナバの目元に左手を添えた。
目を閉じ楽にするよう促せば素直に応じる。
寸でで"あり得ない"状況を回避することが出来たエルヴィンは、脱線しかけていた思考を急いで引き戻す。
「違う、とはどういう事かな」
「…私が、飲みたいって…それで…」
まさか自分からとは。
普段から冷静に物事を判断し、ハンジの奇行っぷりにもよくよく対応していたはずだ。
それが、何故?
「ナナバ、どうしてそんな事を…
いや、やはり今はハンジが先だな。
…すまないが、少し待っていてくれ」
ナナバが頷くのを確認すると、エルヴィンは足早にハンジの執務室へと向かった。