• テキストサイズ

まったりの向こう側

第1章 君の初めてで慰めて





「…すん。…ぅ、ん」

「……落ち着いたか?」


エルヴィンはナナバを見つめるが、その視線は彼女の肩口を掠める。

真正面からは見ない。目があって、怖がらせたくはなかったからだ。


「はい、すみませんでした…」

「いや、気にしないでくれ。全て私が悪い」

「違います、違うんです…」


エルヴィンは部屋を出るべく立ち上がると、涙のあとを拭うナナバの脇を、何も言わず、何も見ず、すり抜ける。

…扉までくれば、振り返らずに彼女へ告げた。


「私は別の部屋をとるよ。ここは君が使ってくれ。鍵はそこにあるが、わかるか?」

チャリ、と小さな音が背中越しに聞こえた。ナナバが鍵に触れたのだろう。

エルヴィンは一つ安堵すれば、尚も背を向けたままで言葉を続ける。


「それから、朝一番で馬車を用意しておく。
 すまないが…、君一人で戻ってきてくれ」


本当にすまなかった。小さくもう一度詫びるとドアノブに手を掛ける。

きしりと蝶番のこすれる音と共にほんの少し開いた扉…。その隙間からは廊下のぼんやりとした明かりが部屋に入り込む。


「…っ、待って、エルヴィン!」


ナナバは勢いよく立ち上がり呼び止める。
その声は、先程までの堪えるような泣き声とは比べ物にならないほど、はっきりと部屋に響いた。


「久しぶりだな、名前を呼んでくれたのは」


以前は気安く呼び捨てにしてくれていた。役職につく、数年前までは。

素直に嬉しい。だが、よりにもよってこんな時に…
そう苦々しくも感じていた。



体を重ねたい、そう思っていた彼女がすぐ近くにいる。

そして、今よりも近い場所にいた頃と同じように、名前を呼んでくれた。

エルヴィンの体は、熱を帯びていく。




/ 195ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp