第7章 怪しいお薬
ハンジとモブリットにアドバイスを貰ってから、2時間程。
小さなバスケットを持ち、ナナバはゆっくりと歩く。
(いる、かな…)
着いたそこ、目の前には団長室の扉。
道中、ハンジに示された"方法"をこれでもかとシミュレーションしたナナバは、自分でも不思議なほどに落ち着いていた。
コンコン
「エルヴィン団長、いらっしゃいますか?」
『あぁ、入ってくれ』
(いた)
深呼吸を一つ。
静かに開けた扉の向こうには、相変わらず時間外業務に励むエルヴィンの姿。
「お疲れ様」
「ありがとう。すまない、あと少し…」
やはりエルヴィンは今日も諸々忙しいのだろう。
短い時間ではあるが、ナナバが入室してから一度も顔をあげていない。
(邪魔しちゃ悪いよ…)
一瞬、とまどう。
だが、今この瞬間に一歩、いや半歩でも引いてしまえば、振り絞った勇気もアドバイスをくれた二人の気持ちも、無駄になる。
それに、こんな風に『頑張ろう』と思える機会は暫く無いかもしれない。
意を決し、ゆっくりと執務机の脇へ。
書類の邪魔にならぬようバスケットを端に置く。
これが、自分の中での合図。
「エルヴィン、夕飯食べてないでしょ?
これよかったら」
エルヴィンはちらと横目で確認し、シンプルに『ありがとう、終わってから頂こう』とだけ答える。握られたペンがその動きを止めることはない。
「………」
視線を落とし、ひたすらにペンを動かし続けるエルヴィン。
「………」
その姿を隣でじっと見つめ続けるナナバ。
立ち去るでもなく、何か話すでもなく、ただそこに立ち続ける彼女に、エルヴィンはほんの少し心配になり声を掛ける。
ただし、まだ視線は落としたまま。
「ナナバ?どうかしたかい?」
「その……」
呼ばれて返事をするもそれ以上続くことはなく、変わりに、もじ、と指を編む。
「エルヴィン」
「ん?」
「ちょっとこっち。少しだけこっち向いて…?」
「どうした?何かあった?」
呼ばれて顔をあげれば、静かに両頬を包まれる。