第7章 怪しいお薬
それは、数時間前の事
(あ、エルヴィン)
午後一番。
愛馬の元へ向かっていたナナバは、視線の先にその人の姿を捉えると無意識に足を止めた。
特に用事などはなかったが折角会えたのだ。声を掛けようと思うのは至極当然の事で。
そうすれば彼は振り返り、嬉しそうに『ナナバ』とそう呼んでくれるのもまた当然の事で。
「エル 」
彼の名を口にした瞬間、まるで不意打ちかのように小さな影がナナバの視界へと滑り込む。
「エルヴィン団長、お疲れ様です!」
そうナナバよりも先に声を掛けたのは…リヴァイよりも小柄で、ナナバよりも年下の女性兵。
「あぁ、有り難う。君もご苦労様」
「はい!有り難うございます!」
嬉しそうに礼を述べるその表情は、実に可愛らしい。まるで、恋しているかのようにも見える。
(あ…)
気付いた時には物陰に隠れていた。
何故だかは、自分でもわからない。
ただ、今ここでエルヴィンに声を掛ければ、必然的に彼女にも声を掛けねばならない。
それを、頭が思うよりも先に体が拒否したのだ。
今日の天気からちょっとした失敗まで、話す彼女に相槌を打つエルヴィン。
姿こそ見えないが、適度な距離と流れてくる風のお陰で二人の会話がよく聞こえる。
(何で、こんな)
まるで盗み聞きだ。こんな事をして、いいはずがない。ナナバは急ぎ離れるべく一歩を踏み出す。
「あの…エルヴィン団長はナナバさんと、
お付き合いされてるんですよね」
他愛のない会話から、突然の飛躍。
それを耳にしたナナバの二歩目は、まるで縫い止められたかのように動きを止める。
「あぁ、君の言う通りだ。
しかしどうしたんだ、突然に」
「いえ、その…
いつだったか団長からナナバさんへ、
『好きだよ』と言っているところを…」
「なるほど。見られていたか。
いや、改めて指摘されると恥ずかしいな」
「ナナバさんも、
団長へ『好き』と言ってますよね?」
物怖じしない性格なのだろうか?内容的に正面切って聞くには失礼な気がしなくもない。しかも団長相手に。
だが、やや興奮気味の彼女はエルヴィンをまっすぐに見つめる。
「……聞いて、どうしたいのかな」
「もし言って貰えていなかったら、
寂しいかなと思いまして」
「ふむ。確かに、言われては、いない」