第1章 先生好きだよ
電話の向こうからなにやら不穏な気配がする
漏れて聞こえてくるのは
たぶん陸奥守校長の声
早口な方言でごにょごにょとしか聞き取れない
電話を終えた先生は私にこう言った
「和泉守が補導された
山に行くのは中止だ」
意識が遠くなる感覚に襲われる
中止という言葉が頭上から降りかかる
こんなにおしゃれしたのに
初めて先生の事を深く知れるチャンスだったのに
全てをぶち壊された気分だった
どんどん気分は有頂天から雪崩る
それを察したかのように先生は袋を渡してくる
「山で渡そうと思ったんだが」
ガサガサと袋を開けると
中にはシャボン玉をする道具と液
「あははは
何これ!先生は煙草で
私は子供だからシャボン玉か」
プレゼントのチョイスが何故か先生らしくて
思わず吹き出した
「気に入ったようだな今日は本当にすまない」
またあの表情
目尻の下がった優しい顔
まるで慈しむような猫を撫でる不器用な人の様な表情
さっきまでの感情が消え去る
「先生頑張ってね」
渡された袋を大事に抱きしめ
聞こえない位の声で囁いた
交差点に着くまでは二人だけの時間
やっと掴み取った大切な時間
それもあと少し
「さっきの交差点でいいか」
「大丈夫」
「すまない」
しきりに謝る先生が可哀想に映る
悪いのは先生じゃない
和泉守がやんちゃすぎるせいだよ
「また今度見に行こうよ!それでチャラ」
「あぁ」
こうして二人の時間に終わりが来た
「ありがとうね先生」
「気を付けろよ」
短い会話で別れを告げ
先生はすぐに走り去っていった
私はそんな先生の車を見えなくなるまで見ていた
一つ一つを胸に焼き付けたくて。
もうすぐ卒業だし